530 文化

2010年9月 5日 (日)

【書評】モスラの精神史 著者:小野俊太郎

モスラの精神史読了◎。1961年に制作費2億を掛けた東宝スコープ総天然色大作として、日米合作で製作され、配給された怪獣映画「モスラ」。なぜ”蛾”なのか?印象的なあの歌の意味は?当時の社会状況を踏まえ、あの映画に託されたメッセージを読み解く。

いやー面白い面白い。どれくらい面白いかってゆーと、この本読んで、早速アマゾンで「モスラ」のDVD注文してしまった、ってゆーくらい面白い。

オレ、1962年生まれで、世代的に「怪獣映画」の洗礼を受けた世代なんで、ゴジラもモスラもキングギドラもガメラもウルトラマンも、基礎的な教養として、当然知ってる、つもりだった。でも「モスラ」って1961年なのね。生まれる前じゃん。そーか、オレが記憶しているモスラはその後の続編のモスラなんだな。これはいけない。オリジナル、観なきゃ。

っていう、オタクとしての矜持(なのか?)の問題を別にしても、この本読むと「モスラ」観たくなると思いますよ。因みに中身はこんな感じ。

プロローグ モスラの飛んだ日
第1章 三人の原作者たち
第2章 モスラはなぜ蛾なのか
第3章 主人公はいったい誰か
第4章 インファント島と南方幻想
第5章 モスラ神話と安保条約
第6章 見世物にされた小美人と悪徳興行師
第7章 『モスラ』とインドネシア
第8章 小河内ダムから出現したわけ
第9章 国会議事堂か東京タワーか
第10章 同盟国を襲うモスラ
第11章 平和主義と大阪万博
第12章 後継者としての王蟲
エピローグ 「もうひとつの主題歌」

繰り返しますが、面白い。思うに、著者の立ち位置、絶妙にバランスが取れていますね。これが大きい。時代の無意識に対する精神分析的なアプローチと、実際に映画が製作された現場や過程を実証するスタンスとが、いい感じで混ざっている。バランスが取れている。独りよがりの決め付けに走らず(二流の学者が陥り勝ち)、トリビア知識の自慢に堕さず(二流のオタクが陥り勝ち)、一見無関係或いは瑣末と見える知識を結びつけて、時代を語る。押し付けがましくなく。様々なレベルで。愛を持って。

だから、ある意味とてもオタクっぽい本なんだけど、鬱陶しくない。胡散臭くない。ええ本です。一読をお奨めします。

なるほど。この立ち位置か。勉強になりますぅ。

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2010年2月21日 (日)

ブログの効用、或いはおたくの幸せについて

ここんとこちょっと回顧なモードに入ってて、自分の(おたく)人生を振り返っている。ってわけで、今日は”ブログの効用、或いはおたくの幸せについて”です。

ブログには感謝している。ブログを始めたおかげで本を読むことが出来るようになった。これにはちょっと解説が要る。

ブログで書評を始めた頃、本を読む時間が足りなくて困った。社会人になってからずーっと、通勤電車の中が読書タイムで、これだと正味1時間/日程度しか時間がとれない。んで、どうしたかっていうと、出張を組みまくったわけです。新幹線の中とかで読書にいそしむ。しばらくはこれで乗り切ってたんですが、出張のネタも無尽蔵にあるわけでなし、やがて行き詰る。困った。どうする?

で、あるとき、気づいたんですわ。家で読めばいいではないかと。そう。なぜか、読書は移動中に限るってルールが出来ててそれに縛られていたんです。ワタシの無意識の中にね。アホみたいな話ですが。

このルールは、誰が決めたわけでもなく、自分で決めたものですね。思い返すと、社会人やってく中の、どっかの時点で、読書を無駄なものって認識した気がするんだな。ワタシは読書が大好きですが、それは昔からそうですが、その一方で、それを無駄なものとして認識した。んで、妥協案として、読書は移動中に限るという奇妙なルールが出来た。移動中なら他にやることないし、効率がいいから。そういうことではないかと思います。

自分の好きなものを、自分で無駄なものと決めて、自分で禁止する?ふつう、ありえないよね?

我ながらアホな話だなあ。んで、悲しい話だよな。過剰に適応するってこういうことかねえ。真剣に気の毒に思うんだ、自分のことをね。休みの日、おウチのソファで寝っころがって本を読む。とても幸せです。やっと手に入れた幸せ。失われた*十年を取り返す。

でも、思うんだけど、実はそういう人って、結構いるのではないかしらん?自分が何者だか知らない。何者って言っても別にむつかしい話ではなくて、何が好きで何が嫌いか。何を気持ちよく感じ何を不快に感じるか。知らない。或いは抑圧している。そんな人たち。ブログ、やってみたらいいのにね。或いはツイッターとか。

結局テキストベースのコミュニケーションツールって、発信するのに”考える”ことを要求するから、それが自分と向き合ういいきっかけになるのだと思う。

逆に言うと普段の生活で如何に”考える”機会がないか、って話でもある。大抵の仕事は思考停止状態でルーチンでやれてしまうんだよ。

ブログやったおかげで、自分の好きなことを思い出し、考える習慣を思い出し、悪しき社会人の呪いが解けた。

そんだけじゃない。ブログをきっかけにして、iPhone買って、ツイッター始めて、色々と個人的なプロジェクトを立てて。読みたい本はどんどん溜まっていく。時間が足りませんなあ。コレは嬉しい悲鳴。

ってわけでブログにはつくづく感謝しているのです。ちゅ。

 

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2009年1月25日 (日)

ウチのエコライフって

景気が悪くなってきて、日経新聞にエコロジー関連の記事が載る頻度が減っていますね。洞爺湖サミット前後には毎日数件の記事が掲載されていたものですが、業績悪化の記事に押しのけられて、明らかに扱いが小さくなっています。紙面には限りがあるので当然の結果ではあるのだが。

皮肉なことに、景気が悪化して経済活動が停滞することで、CO2排出量等は下手な環境対策を打つよりも効果的に減っているんだよね。資源・エネルギーを出来るだけ使わないことが、なにより地球には優しいわけですからな。不況に勝る環境対策なし、か。なんとも。

一方、個人としてみても、エコロジーに配慮した活動は結果的にエコノミー(経済的な・安上がりな)なことが多いわけで。不況で経済的に余裕がなく「もったいない」から、という理由でのリサイクルなりは、結果的にエコロジーに配慮した活動になることが多いわけですね。ウチの嫁さんとかは貧乏くさいのはキライですが、エコロジーなら許せるか?

んん。言い方だけ変えても、駄目だろうな。節約じゃなくてリサイクル系で、しみったれた感じのしないもので、本人の気に入らないとねー。

因みに私自身は、節約とか我慢とかリサイクルとかですね、そういうのはわりと好きですね。結果、私がせっせと節約し、貯めて、ウチのヨメさんががんがん遣うと、そういう図式に我が家はなっています。いいのかこれで?と思わなくはないが、ま、しょうがないんでしょうな。性分だからね。

そこんとこを踏まえて、具体的に、ウチでやってるエコライフ。ってーと、歩くことですかね。前にも書いたが1時間=4.8km以内は徒歩圏内。自転車でもいいのだが、歩くほうが楽しくていい。一人で歩くときにはiPodで音楽聴いたり、英語の勉強したり出来ますからね。移動する書斎です。だから車はいらない。必要ない。興味がない。生まれてこの方、車を所有したことないです。免許は一応持っているんだけどね。これはヨメさん判定ではビンボくさくない。一緒に歩いてます。

まあ地方に住んでたら車がないと生活できない、ってとこはあるんでしょうけど、少なくとも東京の23区に住んでいる限り、車はいらん、と思います。徒歩+電車でどこへだって行けてしまう。

そういえば、書いてるうちに思い出したけど、昔は徒歩を確かに一段低いものと思っていたぞ。歩く=負けた、って感じ。何に?今となっては謎だが。

もうひとつそういえば、散歩という習慣を教えてくれたのはウチのヨメさんだな。一緒にがんがん歩くうちに歩くのが普通になっていった、っていうか。んで歩きながら会話するのがデートの基本。対面より並んでる方が会話しやすいからね。

運動にはなるし、体重は減るし、書斎にはなるし、夫婦の会話も出来る。いいことづくめですな。これにエコロジーという大義名分まで。ま、大義名分よりもね、ポイントは負けた感じを脱却することなんでしょうね。負けた感じを持ってる限り、楽しくないからね。


パソコン廃棄
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2009年1月17日 (土)

おたく系男子は意外といいのだが

おたく系男子専門の結婚支援サイトとか就職支援サイトとか生活支援サイトとかを立ち上げてみたらどうだろう?というような話をですね、ウチのヨメさんと話すわけですね。

なんでか、ってーと、ウチの上の息子がおたく系男子なので、この子が将来苦労しないように今から社会的な地ならしをしておこうという、親心がひとつ。それから純粋にニーズがありそうだから、というのがもうひとつ。一種の人助け?

んで、それはどんなものになるのか?それはまだ考えていないんですが。

私自身がおたく系男子ですので、少なくとも世間で言われているよりは、この種族は結婚とか会社生活とか、こなせますよ、ということを発信しつつ、ウチのヨメさんがおたく系男子と結婚してみて、それほど悪くないですよ、ということを発信していくとか。

うーん。ぬるいな。だいたいそれほど悪くないかどうか、まだわかんないしな。はっは。すんません。もうちっと考えてからまた書きたいと思います。

でもな、おたく系男子はいろいろ大変なんですよ。会社っていう組織ではウケが良くないしね、現状では女の子が持っている理想像とはかなりの距離があるので、スタートラインにつくのがそもそも苦労だしね。全てを個人の責任にするのではなく、社会としてなにかこう、サポートをしてあげたいなと思う次第です。

そういえば婚活とか就活という言葉もいつの間にか社会に溶け込んでしまいましたね。特に婚活の方は最初に聞いたのはつい2年ほど前だと思うが、最初はギャグだと思ったんだけど、いまやすんなり頭に入ってくる。順応とは恐ろしいものです。

結婚がそれほどいいものかどうかは別にして(おいおい)、してみたい人が、出会い→おつきあい→結婚、が出来るほうがいいやね。今の若い奴(20代)の話を聞いていると、そもそも出会いがない、とか、男過剰なんで使われるだけでおつきあいに至らない、とか、かなりそーゆー感じがあるみたいでんな。

昔はどこの町内にもいたとされる「お見合いマニアのおせっかいなおばさん」が絶滅に瀕している今、自分で自分の見合いをプロデュースするのが普通になってきたのかもしれませんな。最初っから「結婚を前提としたおつきあい」だし。引き合わせて貰えばあとは個人の勝負。潔いっちゃ潔い。よし、ここは一発、親として、上の息子には、とっておきのツカミの小噺を伝授しておこうと思います。・・・こんなんでごめん。

おたく系男子は意外といいのだが-その2こちら

「婚活」するならパートナーエージェント

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2008年12月31日 (水)

サンプルファン

大阪に10年近く暮らした経験から言うと、関西の「おばちゃん」はバーゲンとか値切るのとか大好きである。そして不思議と必ずしもケチとか節約とかとは結びついていないことが多い。つきあいとか気前はいいのである。

でも買い物における情熱の傾け方がちょーっと東京と異なるようなのだ。安く買うことに意義があるというか、相手にまけさすことに意義があるというか。自分がどれだけ「得」をしたかでなく相手がどれだけ「負」けたか、の、これは「勝負」なのかもしれないな、と思ったことでありました。

勝負事であるからには相手があり勝つための戦略があり勝ち方の美学がある。インドとか東南アジアの市場で値切る感覚にも通じるものがありますね。あれは自分が得をしようと思うと駄目です。勝とうと思わなければ。

さてサンプルファンである。一言で言うと無料サンプル が貰える情報を集めたサイトです。ご多分に漏れずコスメ・サプリ関係の無料サンプル、多いねー。こういう無料サンプルにせっせと応募するのって、やっぱふつうは男じゃなくて女なんだろうなあ。

因みに我が家の場合は、ヨメさんがとても大雑把というかとても「男らしい」性格でそーゆーコツコツ系が全然駄目であります。私自身もそーゆーのはあんまり性に会わないのだが、今回は試しにいくつか申し込んで見てます。この簡単さがいいな。

因みにモノだけじゃなくて、アンケートに答えて図書券とか、「無料サンプル」でくくれないバリエーションがあります。マメな人は結構うれしいんじゃないでしょうかね。

で、ここでいろいろ貰えたとして、「大阪のおばちゃん」は喜ぶのだろーか、ということをですね、つらつら考えてみたんですが。だってこれ勝負じゃないじゃん、とか、これはどう考えても「得」の部類だろう、とか。

で、結論は「勝った気になって喜ぶ」でした。強い。

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