630 おたく系

2010年7月24日 (土)

【映画レビュー】赤毛のアン グリーンゲーブルズへの道 脚本・監督:高畑勲

行ってきました「赤毛のアン グリーンゲーブルズへの 道」◎。日本アニメの日曜名作劇場枠でTV放映された、あの名作「赤毛のアン」の、劇場公開版。第1話から第6話を高畑監督自身が再編集したもの。 TV放映は1979年。ってーと、あーた、31年前ですぜ?

最初、ネットで劇場公開って話を見つけたとき(しかしよく見つけたもんだよ)、冗談だと思った。31年前のTVアニメの再編集版が今頃なんで、劇場 公開?って思うよね?んで、どうも冗談でなく本当だ、ってわかって。うん。思えば「赤毛のアン」はワシの青春だったんですわ。前に「ミゼラブル・ハイス クール一九七八」んトコでもちょっと書いたけどね。んで、思った、「オレが行かないでどうする?!」。

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上映館(ハコ)は渋谷のシネマ・アンジェリカ。ワシには初めてのハコです。収容100名ちょっとのところに、5分~6分の入りか。客層、40代後半 の正統派オタクがぞろぞろ、熱気むんむん、だったらどうしよう?とちょっとドキドキしていたのですが、存外普通の親子連れとか、若い女の子のグループとか もいて、普通の子供向け映画の客層とそう変わらない。ほっとしたような、拍子抜けしたような。時代を超えて、世代を超えて、やっぱり、いいものはいい!っ てことですなあ。

オープニングでいきなりいまどき珍しい上映事故。主題歌が途切れ、画面真っ暗。おいおい。オレが昔のオレだったら怒ってるぞ。コラ。以後気をつける よーに。

さて、肝心の中身は?観る前、イロイロ考えて、ドキドキしてました。オレは何のために、コレを観に行くのか?そう自分に問うて、思った、知りたかっ たのは、31年前の自分が何に惹かれたのか?何を考えていたのか?ってこと。

それから、観て、面白くなかったらどうしよう?気恥ずかしい思いをしたらどうしよう?観るに耐えなかったらどうしよう?ってのもマヂで心配しました ね。

でもね。結論を言うと、とてもとても面白かった。ちゃんとドキドキしたし、ちゃんとウルウルしたし、ちゃんとホッとした。全然古くない。丁寧な演出 が素晴らしい。例えば、アンがマリラと一緒に馬車に乗ってスペンサー夫人のところへ向かう途中の原っぱのシーン、あの雲の影、あの音楽、あの間(ま)が。 そしてアンのキャラは魅力的だ。今観ても。

ってわけで、今回分かったこと。ひとつめは、オレは高校生の頃から、見る目があったんだな、ってこと。ふたつめは、オレはひょっとして高校 生のころから、成長してないんじゃないか、ってこと。そーかそーか。うん。このまま行きたいと思います。

ってわけで、今日は全然勉強ネタでない。いやいや帰りの井の頭線の中でホラiPhoneで暗記カードめくってましたがな。って言い訳がましいね。ご めん。

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2010年4月23日 (金)

【書評】消えた少年たち 著者:オースン・スコット・カード

消えた少年たち読了◎。フレッチャー家は、アメリカ南部のノースカロライナ州ストゥベンに越してきた。プログラマーのステップ、妻のデァンヌ。それから子供たち、スティーヴィー、ロビー、ベッツィー。やっと見つけたソフト会社の年収3万ドルのマニュアル書きの仕事。しかし上司はどうやら最低野郎だ。辞表を叩きつけてやめたいところだが、ステップは家族のために我慢する。ディアンヌは南部のこの土地に馴染めないが、モルモン教の境区(ワード)の仕事をこなすことで徐々に生活のペースを掴みつつある。そしてスティーヴィー。学校で何かあったのか?家では弟たちと遊ぶことをしなくなり、友達と一緒に遊んでいるのだと言うが、その友達は誰の目にも見えない。空想の友達?そんな年でもないのに。ステップとディアンヌは心配で堪らない・・・。

正直でまじめなオタクが、社会との折り合いをなんとかつけつつ、自分のファミリーを懸命に守っていこうとするその姿勢に、自分の姿を重ねてしまいまして な。すげえ入れ込んで読み耽ってしまった(笑)。んでもって、その夫婦間のやり取りだとか、子供たちとのやりとりだとかがなんとも言えずリアルでなあ。頭 の中で起きている、幾層にも重なった心の動き、例えば、正直であろうと努力する感じとか、正直であろうと努力する姿勢を自分で批判する感じとか、が、とて も身近に感じられてね、もう、主人公のオタク中年であるステップと一体化して居りました。そういう意味ではとても個人的な読書体験だったんだな、これ(笑)。

ま、それ以外の意味でも面白かった。いろんな意味でね。思わずウチのヨメさん(ミステリマニア)にも奨めてしまった。

まずはミステリとして。アメリカ南部の町ストゥベンの連続少年失踪事件の顛末。純正のミステリのマニアの方は、怒るかな?どうかな?ワシは、全然許しちゃうけどね。

んでもって、なつかしコンピュータの歴史。アタリ、コモドール、PET、などなど、なつかしのマシンが登場します。当時のPC業界の雰囲気がうまく書けていると思います。

それからモルモン教の現実を内側から描いた作品として。オースン・スコット・カードがモルモン教徒だってのは、わりと有名な話だよね?ワシは確かエンダーのゲームの解説で知ったんだっけか。作品の思想背景として宗教的なものを感じることはあったけど、この作品ではモルモン教の実際の活動の模様等々が描かれていてなにやら面白い。タテマエでなく、教団内部の人間関係とか信仰に対する立場の違いによるいがみあいとかが、ごくあたりまえのものとして出てきます。そこんトコが新鮮でな。

夫婦のあり方に関する小説として。ステップとディアンヌ、二人の夫婦の会話がとてもリアルで面白い。お互いを深く愛しているけれど、日々の暮らしの中で生じるちょっとした行き違い、子供の教育に対する考え方の差、等々が摩擦を生む、その感じ。そしてそれを認識した上で正面から乗り越えようとする姿勢。なんていうか、人間味あふれる小説なんですわ。ストーリーを進めるだけのキャラじゃなくって、どの会話をとっても、キャラが生きているっていうか。

ええ小説です。いろんな人にお奨めしたい本ですが、そうですね、特に、まじめに生きてるオタクなあなた、それからオタクな夫と結婚しているあなた、是非ご一読を。

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2010年2月21日 (日)

ブログの効用、或いはおたくの幸せについて

ここんとこちょっと回顧なモードに入ってて、自分の(おたく)人生を振り返っている。ってわけで、今日は”ブログの効用、或いはおたくの幸せについて”です。

ブログには感謝している。ブログを始めたおかげで本を読むことが出来るようになった。これにはちょっと解説が要る。

ブログで書評を始めた頃、本を読む時間が足りなくて困った。社会人になってからずーっと、通勤電車の中が読書タイムで、これだと正味1時間/日程度しか時間がとれない。んで、どうしたかっていうと、出張を組みまくったわけです。新幹線の中とかで読書にいそしむ。しばらくはこれで乗り切ってたんですが、出張のネタも無尽蔵にあるわけでなし、やがて行き詰る。困った。どうする?

で、あるとき、気づいたんですわ。家で読めばいいではないかと。そう。なぜか、読書は移動中に限るってルールが出来ててそれに縛られていたんです。ワタシの無意識の中にね。アホみたいな話ですが。

このルールは、誰が決めたわけでもなく、自分で決めたものですね。思い返すと、社会人やってく中の、どっかの時点で、読書を無駄なものって認識した気がするんだな。ワタシは読書が大好きですが、それは昔からそうですが、その一方で、それを無駄なものとして認識した。んで、妥協案として、読書は移動中に限るという奇妙なルールが出来た。移動中なら他にやることないし、効率がいいから。そういうことではないかと思います。

自分の好きなものを、自分で無駄なものと決めて、自分で禁止する?ふつう、ありえないよね?

我ながらアホな話だなあ。んで、悲しい話だよな。過剰に適応するってこういうことかねえ。真剣に気の毒に思うんだ、自分のことをね。休みの日、おウチのソファで寝っころがって本を読む。とても幸せです。やっと手に入れた幸せ。失われた*十年を取り返す。

でも、思うんだけど、実はそういう人って、結構いるのではないかしらん?自分が何者だか知らない。何者って言っても別にむつかしい話ではなくて、何が好きで何が嫌いか。何を気持ちよく感じ何を不快に感じるか。知らない。或いは抑圧している。そんな人たち。ブログ、やってみたらいいのにね。或いはツイッターとか。

結局テキストベースのコミュニケーションツールって、発信するのに”考える”ことを要求するから、それが自分と向き合ういいきっかけになるのだと思う。

逆に言うと普段の生活で如何に”考える”機会がないか、って話でもある。大抵の仕事は思考停止状態でルーチンでやれてしまうんだよ。

ブログやったおかげで、自分の好きなことを思い出し、考える習慣を思い出し、悪しき社会人の呪いが解けた。

そんだけじゃない。ブログをきっかけにして、iPhone買って、ツイッター始めて、色々と個人的なプロジェクトを立てて。読みたい本はどんどん溜まっていく。時間が足りませんなあ。コレは嬉しい悲鳴。

ってわけでブログにはつくづく感謝しているのです。ちゅ。

 

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2009年3月24日 (火)

【書評】ツレがうつになりまして。 著者:細川貂々

ツレがうつになりまして。読了○。題名どおり、ツレ(夫)がうつ病になった日々をまんがで綴る。まんがまんがしない作風と変に深刻にならない語り口がいいっす。愛ですね。

うつ病、ねー。アレは大変です。実は私も大阪にいるときに一度なりました。つーか、今40歳近辺でおたく系で、間違って普通の会社に入ってしまった人は、んでもってその会社の業績がいまひとつ、という人は、大抵なっているのではないかしらん。程度の軽重はあるでしょうけど。おたくの適応戦略、については別の機会に。

私の場合、会社はぎりぎり休まずになんとか凌ぎましたが、あの世界が灰色の感じとか、言ってることやってることとはまったく関係のない意味もなく暗いイメージがアタマを占領する感じとか、精神年齢が母親のあとおいをする3歳児くらいに戻る感じとか、表情がなくなって顔の筋肉が死んで顔の皮膚を支えきれない感じとか。覚えてますよぉ。

ヨメさんがしっかりした人でなかったら、やばかった。おたく系男子の婚活支援サイトを考える 、という動機のひとつにこの体験もあるかな。セーフティネットとしての家族をつくることをサポートする、これは意味があるものね。オレ、定年になってからの社会貢献はこっち方向にしようかな・・・。

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2009年3月22日 (日)

【書評】理系の人々 著者:よしたに

理系の人々読了○。題名どおり、理系の人々の行動を観察した四コママンガ。思い当たりまくりで苦笑い。

・・・まあしかし173pで大半が4コマで1ネタ1ページとしてネタが最大173個程度はあるわけで、しかも厳密にまったく同じ状況でなく「類似の」行動も認知の上では「思い当たる」対象になるだろう。そもそもこの本を手に取った時点で理系の行動に対するある種の感情的なバイアスが掛かっていた可能性が高いわけで、所謂ヒューリスティクスだな。そう考えると思い当たることがあってもそれほど不思議ではない。・・・というのはウケ狙いで書いてみましたが、これじゃただの理屈っぽいヤなヤツですね。すんませんハズしました。ごめんなさい。理系の奥はもっと深いです。

食卓に置いといたらウチの上の息子がいつの間にか読んで、「あれ、面白かった」と。自分も含めて身の回りにいるのがああゆうタイプばっかりだという。上の息子は新大久保のK高校。そうなんだよなー。進学校はそういう子が多いからそれで通じると思って大きくなっちゃうんだよねー。でも社会に出たらそうじゃないんだよー。そういう人間は少数派なんだよー。白い目で見られて遠巻きにされるんだよー。迫害されるんだよー。と、脅しておく。

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2009年2月13日 (金)

おたく系男子は意外といいのだが その2

ブログを始めて5ヶ月、今までで最もアクセスが多かった記事は、というと、おたく系男子は意外といいのだが がダントツですね。普段の数十倍のアクセスがありました。まあこれは理由ははっきりしていて、ココログの注目記事に取り上げられたから。

だからこれがホントにそれだけの注目度があるネタだとは思わないけれど、でもまあ、それなりには関心を集める話題ではある、と判断しています。おたく系男子の結婚問題、或いはおたく系男子の恋愛問題、は。

でもね、実を言うとあの記事でバナーを張っていた結婚紹介サイトからは、提携を断られました。趣旨に合わない、ってことで。ちょっとショック。ふつう、提携を断られるっていうのは、どうなんでしょうか、けっこうあることなの?わりと軽いノリで記事を書き、バナーを張り、ってやってるんだけど、はっきり断られたっていうのは、あんまり経験がない。

あれですかね、やっぱ私が思っている以上に、おたく系男子に対する世間の目は厳しい、ってことなんですかね?結婚紹介サイトなんて、相性よさそうなのになあ。以前、おたく系男子を紹介してクレームになったとか?

とりあえず、おたく系男子OKの女子を集めるところから始まるのかな。おたく系男子NGの女子は入会できないお見合いサイトってどうですかね?これはおたく系男子登録しやすい、か?おたくだから断られたっていう言い訳が効かない分、かえってハードルが高いか?いやそれ以前にそんな子いるの?っていうのはナシでお願いします。

もっとゆるい出会いの場が必要なんだろうな。それと結婚に対する意思が。でもそれはおたく系男子に限ったことじゃないよな。

ちょっと焦点がボケますなあ。少なくとも私自身が何かこの件で貢献できるとして、マッチング自体には興味はないということははっきりしたぞ。もっとシンプルにそれほど悪くないんだが、ということを発信していく、では駄目ですかね?ヨメさんの友達、私の友達合わせれば、おたく系男子と結婚した女子のコメントはいくつか取れるわけで、そのナマの声を拾っていくだけでもきっと意味がある・・・?

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2009年1月31日 (土)

ドルアーガの塔

ドルアーガの塔 なつかしーなー。と思ったらうーん、名前だけおんなじでキャラとかは全然違うのね。そりゃそーだ、あのキャラクターそのまんまじゃドラマにならんわな。

一応説明しておくと元祖ドルアーガの塔は1984年にナムコが出したアーケードゲームです。二頭身のキャラが迷路になっている塔の中を進み、階ごとに仕掛けられた謎をクリアしていく。

1984年かあ。大学生で、ちょうどゲーセンのバイトしてた時だな。最初に見たときはなんて地味なゲーム、と思ったっけ。動きももどかしいくらいノロいし。わけがわからないうちに死んじゃうし。ゲーセンでも全然人気がなかった。最初のうちはね。

今から思えば、これは新しいジャンルのゲームだったんで、どう遊んでいいかがわかんなかったんだな。パズルとアクションとRPGが一体化しているという、そういう感じ。当時はアーケードといえばシューティングとかが中心だったんで、一種の謎解きをしながら地道に攻略していくという感じがわかんなかった。アーケードゲームの説明書きなんて数行程度でそういう説明もないしね。

ある日、ヨソのゲーセンでやりこんできた人がやってきて、次々と階を攻略して行った。もう黒山の人だかりですよ。それをみて初めて、ああこれはこういうゲームなんだ、こうすれば進めるんだ、というのがみんなに理解できたんですな。それからはウチのゲーセンの人気ゲームになりました。真に画期的なものは最初の抵抗が大きいって話を聞くとね、いつもドルアーガの塔を思い出す。

しかしアニメになってたとは知らなんだ。それもファミマ限定、店頭受取り 、って、なんで?また変わった販路を選択しましたねえ。コアなファンが買う(コアなファンしか買わない)とみて予約重視の戦略なんですかね?

或いはセット内容が

【セット内容】 ・DVD7巻組+オリジナルケース
・書き下ろしサキュバス抱き枕カバー
・オリジナルゲーム内アイテム
・サキュバスなりきり装備(ファミマ限定カラー)

となってますけど。ただの枕カバーでなくて、抱き枕カバーってやっぱほぼ人体大ってことですよね?ちょっとアヤシイ系のアイテムなのか?それでウチの人にバレないように店頭受け取りになっているとか。ま、冗談ですが。

話は飛ぶけど、百貨店が売上を落としているでしょ。景気の影響は勿論あるんでしょうけど、専門店に取られている面は勿論あるんでしょうけど、わざわざ買い物に行かなくなりつつあるという消費行動の変化も大きいような気がしますね。

村の長老「言い伝えによるとのう、昔はショッピングはレジャーの一種だったそうな・・・。」村人「へえー?!」

んでどこに流れるかというとネット通販。ただ、通販のネックは配送料です。コンビニの店頭受取というのは、配送料なしの通販実現のためのひとつの方法かも。んで、ファミマとしては将来に備えて、こういう限定モノで配送・受領のシステムの実験をしている・・・。というのはどうでしょう。なんでそれがドルアーガの塔なんだ?というと、すんません、そこまでは考えてませんでした。あらら。

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2009年1月17日 (土)

おたく系男子は意外といいのだが

おたく系男子専門の結婚支援サイトとか就職支援サイトとか生活支援サイトとかを立ち上げてみたらどうだろう?というような話をですね、ウチのヨメさんと話すわけですね。

なんでか、ってーと、ウチの上の息子がおたく系男子なので、この子が将来苦労しないように今から社会的な地ならしをしておこうという、親心がひとつ。それから純粋にニーズがありそうだから、というのがもうひとつ。一種の人助け?

んで、それはどんなものになるのか?それはまだ考えていないんですが。

私自身がおたく系男子ですので、少なくとも世間で言われているよりは、この種族は結婚とか会社生活とか、こなせますよ、ということを発信しつつ、ウチのヨメさんがおたく系男子と結婚してみて、それほど悪くないですよ、ということを発信していくとか。

うーん。ぬるいな。だいたいそれほど悪くないかどうか、まだわかんないしな。はっは。すんません。もうちっと考えてからまた書きたいと思います。

でもな、おたく系男子はいろいろ大変なんですよ。会社っていう組織ではウケが良くないしね、現状では女の子が持っている理想像とはかなりの距離があるので、スタートラインにつくのがそもそも苦労だしね。全てを個人の責任にするのではなく、社会としてなにかこう、サポートをしてあげたいなと思う次第です。

そういえば婚活とか就活という言葉もいつの間にか社会に溶け込んでしまいましたね。特に婚活の方は最初に聞いたのはつい2年ほど前だと思うが、最初はギャグだと思ったんだけど、いまやすんなり頭に入ってくる。順応とは恐ろしいものです。

結婚がそれほどいいものかどうかは別にして(おいおい)、してみたい人が、出会い→おつきあい→結婚、が出来るほうがいいやね。今の若い奴(20代)の話を聞いていると、そもそも出会いがない、とか、男過剰なんで使われるだけでおつきあいに至らない、とか、かなりそーゆー感じがあるみたいでんな。

昔はどこの町内にもいたとされる「お見合いマニアのおせっかいなおばさん」が絶滅に瀕している今、自分で自分の見合いをプロデュースするのが普通になってきたのかもしれませんな。最初っから「結婚を前提としたおつきあい」だし。引き合わせて貰えばあとは個人の勝負。潔いっちゃ潔い。よし、ここは一発、親として、上の息子には、とっておきのツカミの小噺を伝授しておこうと思います。・・・こんなんでごめん。

おたく系男子は意外といいのだが-その2こちら

「婚活」するならパートナーエージェント

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