140 新書

2011年3月 3日 (木)

【書評】カラー版 小惑星探査機はやぶさ ―「玉手箱」は開かれた (中公新書)  著者:川口淳一郎

小惑星探査機はやぶさ読了◎。副題は”「玉手箱」は開かれた”。2010年11月16日、小惑星探査機「はやぶさ」がイトカワから地球に持ち帰ったサンプルがイトカワのものだと発表された。人類の作ったものが地球の引力圏外まで行って着陸し、再び戻ってきたのは、有史以来この「はやぶさ」が初めてである。日本の科学技術の粋を集めた「はやぶさ」誕生の経緯、打ち上げの模様、そして見舞う様々なトラブルを如何にして乗り越え、帰還を果たしたのか。プロジェクトを率いた本人が、熱く語る。

基本的に、科学者が一般読者向けに、今回のミッションの一部始終を分かりやすく書いている本、なんです。あおりなしやらせなし演出なし。あるのは事実の記録と明快な解説。にも関わらず、滲み出る熱い想い、とでも申しましょうか。出張帰りの新幹線の中で読み始め、手に汗握り、胸を熱くしながら一気読み。

ひとつのプロジェクトの裏には、これだけの歴史があり、創意工夫があり、想いがある。努力があり、意思があり、成長がある。これ、途中で止めらんなかったよ。どーしても。ええ本です。一読をお奨めします。

この時期に勉強しなくてどうする?いやそれはその通りなんですが(汗)。いやあの、読み終わった後はちゃんと勉強してましたって。ホントに。いやこの、技術に関わる人はコレはイロイロな意味で必読だと、ってオレ誰に言い訳してんだ?(笑))

カラーの図版も豊富で、ヴィジュアルにも分かりやすく、これで960円は御買い得。そーだウチの息子たちにも読ませよう。どっちも理系だし。理系の醍醐味ってゆーか、技術の持つ力の凄さってゆーか。感じて欲しいなあ。

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2010年12月31日 (金)

【書評】アメリカン・デモクラシーの逆説 著者:渡辺靖


アメリカン・デモクラシーの逆説読了◎。(政治学者でも社会学者でもなく)人類学者である著者が、アメリカという社会を25年に亘りフィールドワーク。この社会の中心軸である”デモクラシー”という機構の動作の模様(そして動作不良の模様)を観察・分析した記録。ってゆーとちょっと極端な紹介かな。しかしこの本の面白さの半分はその独特の(人類学者的)視線にあるんだから。うん。

目次はこんな感じ。詰まっているのは逆説と逆説と逆説だあ。例によって”・・・”以下はワシのコメント。生煮えなマトメでスマンな。取り敢えず殴り書き抜粋。

第1章 アメリカン・デモクラシーの光と影・・・カトリーナが暴いたものは何か?政治への不信と他者への恐怖。アメリカ的自由の行き着く先が、ソレであるという逆説。

第2章 政治不信の根源・・・個人献金、ロビイスト、超資本主義=新自由主義、政治的妥当性とイデオロギー=文化戦争。包摂されるジャーナリズム。権力を行使する側も権力を監視する側も超資本主義に包摂されてしまうという逆説。

第3章 セキュリティへのパラノイア・・・ゲーテッド・コミュニティ=新しい中世の増殖。自由の喪失。ヨーロッパで壁が壊れていく時代に、アメリカで壁が作られているという逆説。信仰の世界でのマーケティング手法の浸透=メガチャーチ。近代の象徴であるアメリカで保守派教会の存在感が増しているという逆説。メガチャーチは福祉に於いて新自由主義を補完するが、一方メガチャーチそのものが新自由主義的な論理と力学に従うという逆説。オーディット文化。新自由主義の下で、自らの精神性や身体性さえ自らの責任や判断によって統治・所有することが困難になっているという逆説。私的領域の植民地化。孤独な個人が権力に自ら隷属していく。

第4章 多様性の行き着く先・・・ボストンのバラモンの話。能動的社会関係の構築、服従から交渉へ。個人化・多様化する家族と「家族の価値」。新自由主義と家族の価値の共通項はセルフガバナンス。内包的な自己理解の努力と、対極にある原理主義の台頭。強制バス通学の話。分裂は多様性によるのでなく、原理主義の押し付けによる。市場主義が歪める多様性。農民の小作人化。市場に飼いならされることなく市場を飼いならすことは可能か。インディアン・カジノの例。

第5章 アメリカニズム再考・・・多文化主義が原理化する可能性について。アメリカ例外主義とアメリカニズム。ダブルスタンダード。帝国的動機。ソフトパワーを巡る逆説。タカ派による理想主義的振舞いを懸念してつくられた中立的な概念が、帝国的動機のカモフラージュであると看做された。「アメリカ史のアイロニー」byラインホルド・ニーバー(1952年)。反米主義の本場はアメリカであるという逆説。グローバル化とはアメリカを包摂化していくプロセス。<帝国>的と「帝国主義」的。そして自己修正力。つまりこれら逆説のみにアメリカンデモクラシーを回収することの逆説。

今年アメリカ関係の本は数冊読んだが、オレ、この辺の政治的或い社会的な問題を扱った本を読むには、基本的な素養が欠けているんだな、ってのを改めて自覚しました。この本は、その手の教科書的基礎知識をお勉強する、って意味でも、とても手頃で分かり易かった。例えば、こういう基礎知識。

・連邦政府は「自由への脅威」か、それとも「自由への手段」か。アメリカでは後者がリベラルと称される。ヨーロッパでは保守主義ー自由主義ー社会主義という三竦み。アメリカでは自由主義を前提とした保守主義と、自由主義を前提としたリベラリズムの対立。

・アメリカの保守大連合の中身。強いアメリカの復権を目指す安保保守(ネオコン、新保守主義)。小さな政府を目指す経済保守(新自由主義)。「伝統的価値」の回復を目指す経済保守(宗教右派)。従来からの穏健保守(オールド・リパブリカン)。

そしてそいういう教科書的な読み方だけでなく、読み物(というとちょっとアレですけど)としても、非常に面白い。なんて言うんでしょう、意表を衝かれる感じというか。異質な社会を旅するSF的な読み物を読む感覚で、怒りながら驚きながら感心しながら、読んでいました。事実は小説より奇なりっていうかさ。もちろんそんな読み方は著者の望むところではないだろな、ってのは分かってますけどね。なんにしろ、アメリカ社会の手触りの正体と、今、世界の置かれた状況がなんとなく見えてくる、ええ本です。一読をお奨めします。

さてと、んな訳で今年ももうすぐ終わりですな。最後の書評がこんな雑なメモ書き抜粋でなんだかちょっとアレなんだけど、ま、しょうがない。そのうちもうちょっと整理することもあるでしょう。それでは、みなさま良いお年をお迎えください。

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2010年9月 5日 (日)

【書評】モスラの精神史 著者:小野俊太郎

モスラの精神史読了◎。1961年に制作費2億を掛けた東宝スコープ総天然色大作として、日米合作で製作され、配給された怪獣映画「モスラ」。なぜ”蛾”なのか?印象的なあの歌の意味は?当時の社会状況を踏まえ、あの映画に託されたメッセージを読み解く。

いやー面白い面白い。どれくらい面白いかってゆーと、この本読んで、早速アマゾンで「モスラ」のDVD注文してしまった、ってゆーくらい面白い。

オレ、1962年生まれで、世代的に「怪獣映画」の洗礼を受けた世代なんで、ゴジラもモスラもキングギドラもガメラもウルトラマンも、基礎的な教養として、当然知ってる、つもりだった。でも「モスラ」って1961年なのね。生まれる前じゃん。そーか、オレが記憶しているモスラはその後の続編のモスラなんだな。これはいけない。オリジナル、観なきゃ。

っていう、オタクとしての矜持(なのか?)の問題を別にしても、この本読むと「モスラ」観たくなると思いますよ。因みに中身はこんな感じ。

プロローグ モスラの飛んだ日
第1章 三人の原作者たち
第2章 モスラはなぜ蛾なのか
第3章 主人公はいったい誰か
第4章 インファント島と南方幻想
第5章 モスラ神話と安保条約
第6章 見世物にされた小美人と悪徳興行師
第7章 『モスラ』とインドネシア
第8章 小河内ダムから出現したわけ
第9章 国会議事堂か東京タワーか
第10章 同盟国を襲うモスラ
第11章 平和主義と大阪万博
第12章 後継者としての王蟲
エピローグ 「もうひとつの主題歌」

繰り返しますが、面白い。思うに、著者の立ち位置、絶妙にバランスが取れていますね。これが大きい。時代の無意識に対する精神分析的なアプローチと、実際に映画が製作された現場や過程を実証するスタンスとが、いい感じで混ざっている。バランスが取れている。独りよがりの決め付けに走らず(二流の学者が陥り勝ち)、トリビア知識の自慢に堕さず(二流のオタクが陥り勝ち)、一見無関係或いは瑣末と見える知識を結びつけて、時代を語る。押し付けがましくなく。様々なレベルで。愛を持って。

だから、ある意味とてもオタクっぽい本なんだけど、鬱陶しくない。胡散臭くない。ええ本です。一読をお奨めします。

なるほど。この立ち位置か。勉強になりますぅ。

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2010年5月 4日 (火)

【書評】フグはなぜ毒をもつのか―海洋生物の不思議 (NHKブックス) 著者:野口玉雄

フグはなぜ毒をもつのか読了○。サブタイトルは「海洋生物の不思議」。フグを始めとして、様々な魚介類がもつ毒(マリントキシン)を取り上げ、夫々の毒の持つ性質と毒化のしくみについて解説する。出てくる主な毒の種類は、フグ毒(テトロドトキシン)、パリトキシン(PTX)、麻痺性貝毒(PSP)、下痢性貝毒(DSP)、神経性貝毒(NSP)、シガテラ毒、コイ毒、テトラミン中毒、ドウモイ酸中毒、等々。

著者は長崎大学水産学部教授。1996年「魚介類のマリントキシンに関する食品衛生学的研究」で日本食品衛生学会賞を受賞した方だそうで。

NHKブックスにはありがちなパターンなんだけど、真面目な学者が真面目に書いた本、っていうことで、一種独特の世界になっています。よく言えば正確で厳密な記述。悪く言えばなんの愛想も面白みも無い。売れるとか売れないとか、受けるとか受けないとか、そういうことは全然意識していないんだろうなあ・・・って本。

そういう目で見ると、一応、第7章で”もしも毒が犯罪に使われたら”という、一般受けしそうな話題に振る努力の跡が見られますが、教授、あまり気乗りしなかったようで、僅か7 ページであっさり終わらせちゃってます。担当編集者の困った顔が目に浮かぶようだ(笑)。まあヘンに擦れて迎合的な科学本を書く学者より、信頼できる感じはするけどね。

個人的にウけたのは、テトラミン中毒について。テトラミンによるヒトの中毒量は数十ミリグラム。潜伏時間は約30分で、主な症状は頭痛、眩暈、船酔い感、足のふらつき、眼底の痛み、目のちらつき、吐き気、など。通常2-3時間で回復し、中毒は比較的軽く、死亡例は無い。北海道ではテトラミンがバイ貝の唾液腺に存在し、それを食べると中毒することはよく知られているが、この唾液腺を除去しないで販売している。その理由は?

このテトラミンによって、酒が二倍酔えるから、だって。冗談のような話ですが。うーむ。逞しいな。

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2010年4月17日 (土)

【書評】電子書籍の衝撃 著者:佐々木俊尚

電子書籍の衝撃読了○。サブタイトルは”本はいかに崩壊し、いかに復活するか?”。著者は毎日新聞記者、月刊アスキー編集部を経てフリージャーナリスト。本が電子化される世界がやってくる。その世界は私たちの「本を読む」「本を買う」「本を書く」という行為に、どのような影響をもたらし、どのような新しい世界を作り出すのか・・・?

PDF版を先行して110円でダウンロード販売するという思い切った販売戦略で、ネット上で話題になりましたな。どれくらい売れたんだろうな。なんつっても紙版の1/10だからなあ。

んでもってダウンロード販売時に不具合を起こし、そのトラブルとトラブル解決の模様がまた話題になったってのも、なかなか面白かった。Twitter上でチラ見しただけですが。

さて中身の感想。経歴から、スタンスとして”書き手”寄りになるのは仕方ないし、”読み手”の側に立つのも当然ですな。それでも極端な立場をとることなく、読み手・書き手・流通業者の3者夫々にとっての、出版の過去・現在・未来について、先行事例としての音楽業界とアメリカの現状を引きつつ、わかりやすく解説してあります。IT業界寄りの、ヘンにマニアックな世界の解説に踏み込んでないのも、一般書としてはプラスでしょう。ちょっと文章が回りくどいのだけ、玉に瑕か。

この件について問題点を概観したい人は、取り敢えず読んで損はない本だと思います。

んで、別の観点からの感想。オレ、読み手として読んだかな?書き手として読んだかな?思うに、セルフパブリッシングについて、キチンと説明してくれた本は初めてなんだよね。ネットをちゃんと探せば見つけられた情報なんだろうけど、ね。

以前に音楽の世界を見てて思ったことを思い出したんだよな。それは、才能があれば、創作して発表して支持される、そういう場が生まれているってこと。必ずしもお金という形での報酬とは限らない。世界がフラットになれば、才能があれば、やったもん勝ちなんだよ。プアミルクとか見てるとそう思う。フラットな世界って、そういうことだ。才能があれば、埋もれたままで居ることは難しいのだよね。才能があれば。

好きなことをやる。それを発表する。もしかするとそれは誰かに評価され支持される。VERY GOOD!だね。また、もしかするとそれは誰かに評価されず支持されないかもしれない。OH!MY GOD!でもよ。もともと好きでやってたんだから、それはそれでいいじゃん?音楽という世界で、そういうことが起こっている。

そうなると、才能って何かというと、やらずに居られないことを、やり続けることが出来る、っていうことなんだと思うんですよ。やりたいことをやる、ってことなんだ と思うんですよ。自分がなにをやりたいのか知っていること。自分が何を好きなのかを知っていること。これは音楽だけの話じゃなく。ネットで流せるものなら何でも、そうなりうるのだと。

自分が好きなことを知っていて、それをやり続けることの出来る人、そういう人が、これから先、勝つんだ、って話。人生終わるときに、ああ、好きなことやった人生だった、って言って死ねるんだから。そう思ったときに、フラットで自由競争な世界ってええなあ、って思ったんだよね。

ってわけで、さてワタシは今日も本を読み、ブログを書く。ではまた明日ね。

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2010年4月11日 (日)

【書評】鳥羽伏見の戦い―幕府の命運を決した四日間 (中公新書) 著者:野口武彦

鳥羽伏見の戦い―幕府の命運を決した四日間 (中公新書)読了◎。鳥羽伏見の戦いで旧幕府軍は破れ、徳川家の凋落は決定的なものとなった。結果を知る我々は往々にしてこの結果を歴史の必然として見てしまう。しかし本当にこの敗戦は避けられないものだったのか?根本資料を丹念にあたって再構成し、戦況を時々刻々と変化するものと捉える視点を持つことで見えてくる様々な可能性の数々。

プロローグで述べられてますが、歴史にIFはない、なんてことをいうけれど、そもそもこの言葉はどこの誰が言い出したのか、出所不明なんだそうで。だよなあ。”歴史的必然”というフィクションに頭を乗っ取られた俗流史観のなれの果ての戯言だ。第一、それじゃあ面白くないじゃん?想像する楽しみってものがないよね。

ってわけで鳥羽伏見の戦い、面白いです。4日間の戦闘の模様ををドキュメンタリタッチで追い、旧幕府軍側の戦略・戦術上のミスを指摘していく。それは実に逸機①から逸機⑤に及ぶ。

逸機① 戦闘第1日目午後7時。維新軍は鳥羽方面の兵員配置で手一杯であり、7時過ぎまで竹田街道には一隊も配備していなかった。会津の白井隊が虚報に惑わされず竹田街道を進入路に選べば、容易に入京の上、鳥羽街道防衛の薩軍を右背から包囲攻撃して破砕することが出来たであろう。 

逸機② 戦闘第2日目。薩長両軍の追撃は富ノ森南方で会津の反撃に遭う。思いがけぬ反攻で薩長軍は下鳥羽まで後退、旧幕府軍は富ノ森陣地を奪還する。しかし現地総大将の竹中重固は勝機に乗じてあと一押しすることが出来ない。時を移さず追尾して反攻すれば局面はわからなかった。

逸機③ 戦闘第2日目。宇治を迂回して新政府軍の本営桃山の背後を衝く作戦が立てられた。しかし任に当たったのは会津の白井五郎太夫隊のみ。もともと兵数の少ない新政府軍はこの方面は手薄だったのである。宇治迂回作戦はお座なりに一隊を出すのでなく、思い切ってもっと兵力を投入する価値のある作戦であった。しかも、そこへ鳥羽の戦に敗れた大兵が退却してくるや方針をガラリと変え、作戦を撤回している。

逸機④ 戦闘第4日目。そもそも最初の軍配書の段階で山崎街道へ兵力を割かなかったのは非常に大きな戦略的手抜かりであった。一隊でも配備されていたら、藤堂家は旧幕府軍の味方になるつもりだったのである。一月四日の朝でもまだ間に合った。だが若年寄塚原但馬守はその手配を怠った。その結果、藤堂家の裏切りを招き、戦線は総崩れとなる。

逸機⑤ 慶喜の大阪城放棄。これまで数えてきた逸機の最後にして最大のもの。もしここで持久戦に持ち込んで数ヶ月耐えれば、形勢観望の諸藩も動揺し全国の形勢はどう転じるか予断を許さなかったであろう。

あーあ。なんだかなあ。指揮官が無能無責任だとそりゃ勝てないわなあ。ホント勿体ない。

何が勿体ないかってーと、この本のあとがきにある、鳥羽伏見の戦いの敗北が閉ざしてしまった、ありえたかもしれない日本の姿が、勿体ないのよ。

その一、公議政体への道。大政奉還の建白中にあった「広く天下の公議を尽くし」という一句に示された公議政体は薩長勢力のクーデターによって空文となり、現実に樹立されたのは薩長勢力が要職を独占する専制政体であった。

その二、天皇制抜きの近代日本。日本の近代化は必然であったが、それが天皇制とセットになることまでは不可避ではなかった。徳川家主導の独自の近代化においては、天皇を統治機関に引き入れる仕掛けを創ることには慎重だったに違いない。天皇の”神聖にして侵すべからざる”呪力がその後の歴史に与えた影響を思うと・・・。

ってわけで、ダイナミックに歴史のIFを楽しみたい方、ただの大風呂敷ではありません、コツコツと実証を重ねた上での、本物の想像力の翼ってヤツに触れてみたい方、一読をお奨めします。

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2010年4月 2日 (金)

【書評】孫の力―誰もしたことのない観察の記録 著者:島泰三

孫の力―誰もしたことのない観察の記録読了○。著者はニホンザルとアイアイの研究で有名な霊長類学者。その手法で自分の孫を観察し、人間の”心”が生まれ、発達する様子を記録した。著者にとっては1970年に始まるニホンザル、1983年以来のアイアイに続く、ヒトの子供の観察である。

って書くと、なにやら冷静で精緻な観察記録、みたいなものを想像するかもしれませんが、これは半分冗談。そうではありません。どっちかっていうと、祖父の孫に対する愛情に満ちた日々の日記、って感じ。一種の孫オノロケ本というか。育児エッセイというか。

でもやっぱり普通の子育て記録とは違っていて、その観察の細かさ、意味づけの的確さは、さすが長年やってきたプロの目を感じさせるものです。”はじめての後悔”とか、”恐怖の克服”とかのエピソードが面白いなぁ。大人になると”後悔”も”恐怖”も既にそこに”あるもの”ですけど、改めてその発生 の模様の観察を読むと、それが”心”の発達によって”生まれてきた”ものであることがわかるよね。その感じが新鮮だ。加えて、随所に挟まれる霊長類学者としての薀蓄の部分(孫はヒトにとってだけ特別な意味を持つ子孫である、とか)、著者本人の幼時の記憶(祖父母との関わり、とか)等々がいい感じで”厚み”を醸していると思います。ええ本です。一読をお奨めします。

孫か。ウチの息子たちが結婚して子供が出来たら、オレも孫と出会うわけで・・・。うーむ。想像できない。想像できないなー。だいたいその前にあいつら結婚できるのか?いやそれ以前に”オツキアイ”したことあんのか?なあ?・・・つくづく、人生、心配の種は尽きない。

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2010年3月23日 (火)

【書評】「松代大本営」の真実-隠された巨大地下壕 著者:日垣隆

「松代大本営」の真実-隠された巨大地下壕読了○。信州松代市一帯に、旧日本軍の掘った大地下壕がある。一般に松代地下大本営跡と呼ばれ、大東亜戦争末期、大本営を松代に移して徹底抗戦をするための基地として作られたものとされてきた。膨大な一次資料を丹念にあたり、断片的な情報を繋ぎ合わせることで、松代大本営の生まれた経緯と、表向きの歴史から抹消された朝鮮人強制労働の実態を浮かび上がらせる労作。

倒叙ものの推理小説を読むようです。序章で、この本が書かれるに至ったいきさつが語られる。即ち、マツシロの戦前と戦中と戦後のありかを、しかと検証しな いことには自らの存在証明が出来ない、そんな生い立ちの女性との出会い。その半生で語られる様々な事実は、しかし公式な記録からはすっぽりと抜け落ち、或 いは歪曲されている。志を引き継ぎ、歴史の闇に光をあてるべく、本書は書かれた。

驚くほどストイックだ。まずはその取材に関して。巻末、285頁から258頁まで、34頁に亘り挙げられた文献資料の山。これ、全部読むの大変だったろうなー。大半は僅か一行から数行の言及を探して古びた記録や台帳を掘り起こし解読していく作業を思うと、気が遠くなる。

そして、その構成に於いても。定説を疑い、孫引をせず、裏づけの取れる第一次資料のみを使い、関係者へのインタビューを惜しまず、時間を追って克明に事実を再現していく。

また、その表現に於いても。隠蔽されてきたものを暴く筆致は、力強くはあるが扇情的になることはなく、定説をひっくり返す発見を淡々と記す。そこにはプロパガンダも自慢もない。あるのはただ事実を明らかにするという使命感。

その徹底的な姿勢に脱帽です。今までガッキィのファンを自認する割りに、メインの著作である本書とか”少年リンチ殺人”とか、重いテーマのものは巧妙に避けてきてたんですわ。んで、レファ本とか、そういうハウツーもの、敢闘言みたいな短いものを好んで読んでいたんです。んでも今回よんどころない事情があってガッキィ本まとめ読み中。やはりこの熱く静かに詰めに詰める部分を抜かしては、ファンもなにもないよな。今まで読んでなくてごめんなさいです。なんというかこう、背筋が伸びます。未読の方、一読をお奨めします。

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2010年3月21日 (日)

【書評】日本の難点 著者:宮台真司

日本の難点読了◎。 良くも悪くもなにかと物議を醸す、社会学者宮台真司による、”宮台版・日本の論点”。ってことになってますけど、寧ろ、”日本”という身近で具体的な題材を使って、最新の社会学の学説・理論を紹介し、その理論の切れ味を試してみる本。であり、と同時に、その学説・理論の入手元と、使用上の注意を併記した、初心者向けガイド本且つ入門書。

第一章 人間関係はどうなるのか-コミュニケーション論・メディア論
第二章 教育をどうするのか-若者論・教育論
第三章 「幸福」とはどういうことなのか-幸福論
第四章 アメリカはどうなっているのか-米国論
第五章 日本をどうするのか-日本論

この社会を論じる、というよりも、この社会を論じるための最先端の枠組みを紹介する。14歳からの社会学の書評でも書いたが、この人のそういうスタンスは一貫して変わらないんだよな。飢えている人に食べ物を与えるのではなく、食べ物を得る方法を教える、みたいな。うーん、頼れるアニキだぜっ!

まえがきには、どれかの章だけを取り出して読んでもわかるようにしてある、って書いてありますが、どうかな?それこそまえがきから始めて、書いてある順番どおりに読むべきでしょう。「XX論」ってタイトルを見ると、XXの現状はこうである、或いは、XXはこうあるべきだって話だ、と、半ば自動的に思うじゃないですか。必ずしもそうではないからね。では何かって言うと、社会システム理論をXXに適用すると、こう見える、って話。変奏曲ですから、順番に聴いたほうが味わい深く聴けます、ってこと。

それだけではただの評論家ではないか、当事者としてなんとかしろよ、とか言うヤツを相手にしている暇はない。ネタを積極的にバラして、そのような視線でこの社会を見ることが出来る人間を増やし、その数が臨界点を超えた暁の社会の変革に期待する、そういう遠大な革命戦略なんだろうなあ、と想像します。とにかく面白くて一気に引き込まれます。取り敢えず一読をお奨めします。

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2010年3月19日 (金)

【書評】方向音痴の研究 著者:日垣隆

方向音痴の研究読了○。方向音痴と非方向音痴のあいだには、想像以上に深い溝がある。自身も重度の方向音痴である(あった)著者自身による、”方向音痴”をキーワードとした対談集。TBSラジオ「サイエンス・サイトーク」で放送されたインタビューの書籍化。全盲の社会学者や、魚の回遊研究の第一人者、或いは、カーナビの技術開発者や、空間認知を研究する心理学者など、移動と方向認知に関わるユニーク且つ広汎な人選で、様々な角度から方向音痴に光を当て、方向音痴の人々に福音をもたらすと同時に、非方向音痴の人々に”方向音痴”についての科学的な理解と共感を生む。

目次はこんな感じ。
第1話 全盲の社会学者が行く 石川准
第2話 動物の脳内地図 青木清
第3話 カーナビ開発秘話 西脇正治
第4話 デジタル地図革命 林秀美
第5話 方向音痴のメカニズム 山本利和

良くも悪くも研究書でなくて対談集。ガチで方向音痴を研究した本ではありません。それを物足りないと思うか、その意外な話の広がりを楽しむか、は人それぞれでしょうな。個人的にはちょっともの足りなく、でも、そこそこ面白い、ってトコ。まあこのテーマこの体裁でガチの研究書を期待する人もそうそういないと思うので、妥当なセンですかね。

ガッキィが方向音痴だって話は、これまでにも何度か自身の著作の中で触れられていたので知ってました。ちょっと意外だよな。なんとなくジャーナリストって人種は方向音痴ではない、って思い込みがあったよ。特にガッキィはイラクツアーを主催したりしてたじゃないですか。普通に考えると、方向音痴な人にはまず無理な企画だったように見えるけどね。とても怖くて企画できないような気が。でもそれをやっちゃうトコがガッキィのガッキィたる所以か。凄えな。

私自身も重度の方向音痴です。自宅近辺で迷う、何度も行ったことのあるところで迷う、地図と磁石を持ってても迷う、どれもこれも思い当たりまくり。そんな私も、最近はiPhoneのお陰で人並みな活動が出来るようになった(その模様はこちら)。良かった良かった。・・・こないだそれでも迷ったけどな。バージョンアップでiPhoneのGPS精度が上がったら、オレ速攻買い換えると思う。

まじめに方向音痴の治療、って観点からは第5話が役に立ちます。振り返って帰り道の映像を予めイメージとして焼き付ける習慣、とか、始点と終点との位置関係を常に把握する努力をする、とかのアドバイス。方向音痴でない人には何を今更、なんでしょうけどね。

軽く読める、ええ本です。一読をお奨めします。

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