110 小説

2012年1月 3日 (火)

【書評】銀河ヒッチハイク・ガイド 著者:ダグラス・アダムス

銀河ヒッチハイク・ガイド読了◎。原題は「THE HITCHHIKER'S GUIDE TO THE GALAXY」。主人公のアーサー・デントはイギリスの田舎に住んでいる冴えない放送作家。ある木曜日の午後、地球は銀河外縁部開発計画に基づく超空間高速道路の建造のため、取り壊された。(最寄りのアルファ・ケンタウリの出張所に公示があったのだが、人類は迂闊にも気付かなかったのだ。)最後の地球人となったデントは、友人の異星人(と判明した)フォードと一緒に宇宙を旅することになる。頼りはあのベストセラー本、銀河ヒッチハイク・ガイド。(表紙には大きくDON'T PANIC!と。)

ダグラス・アダムス、早速読んじまった。もっとゆっくりゆっくり読もうと思ってたんだが、そんなこと出来るわけない。どんどん読んでしまう。てゆーか、あっという間だ。わお。SFですSFです!

この一本芯の通ったシニカルなギャグの連打、徹底的にナンセンスなシチュエーション、いいねえ。好みだ。んでもって、でありながら、実はストーリーはよく作り込まれているいるし、実は伏線は巧みに張られている、そして実はテーマにブレはない。なんというか、一貫してこの世界に真剣にギャグで異議を申し立てる感じ、とでもいうか。そう、無神論者が正面からギャグを噛ましてる(若しくは喧嘩を吹っかけている(或いは虚仮にしている))感じがなんとも面白い。誰に向かって?それはたぶん、そこに居ない神様に向かって。

さーて、次は宇宙の果てのレストラン、だな。注文しなきゃ。

おっと、忘れてた、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します。ではでは。

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2011年11月20日 (日)

【書評】ハーモニー 著者:伊藤計劃

ハーモニー読了◎。21世紀前半、北米の内乱に端を発した戦争は世界中に伝播し、使用された兵器の影響による新しい疫病が世界を覆った。<大災禍(ザ・メイルストロム)>と呼ばれるこの時代を経て、21世紀後半の地球上では権力としての国家は消滅し、代わって生府(ヴァイガメント)による統治が行われている。人を、公共のための貴重なリソースとして大切にする、共感と思いやりに満ちた社会。人々はナノマシンWatchMeを体内にインストールして医療サーバの管理下にあり、病気や痛みとは無縁だ。

おとなになること=WatchMeを体内にインストールすること=医療サーバの管理下に入ること。そして、おとなになること=おもいやりに満ちた人間になること=お互いがお互いを慈しみ支え合うこと。

そんな、清潔で調和のとれた社会に違和感を抱き、女子高生御冷ミァハ、零下堂キアン、霧慧トァンの3人は拒食による自殺を企てる・・・。

ああ。読み終わってしまった。いい。いいなあ。勿体無いので、惜しみ惜しみ読みました。伊藤計劃さんの本、2冊目ってことで。「虐殺器官」と地続きの、「虐殺器官」後の世界。ざっと数十年後の。それで、いきなり「女子高生」ですぜ?凄えな。

深く考えさせられる本でもありました、ワシにとっては。実はいろいろ言いたいことはあるのだが、ネタバレになるからなあ。でもこのブログに書くのはちょっと違う気がするな。ってわけで、考察については又の機会に。

とにかくSFとして、小説として、とても面白く、せつなく、且つ考えさせられる本です。日本SFの底ヂカラだなあ。日本でなければ書けない。SFでなければ書けない。伊藤計劃さんでなければ書けなかった。ああ。ぜひぜひ一読をお薦めします。

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2011年10月12日 (水)

【書評】虐殺器官 著者:伊藤計劃

虐殺器官読了◎。舞台は911後の近未来。サラエボは核爆発により消滅し、インドとパキスタンの国境には、核のクレーターが点在する。先進諸国はテロ封鎖のため徹底した管理社会を構築しており、一方、第三世界では紛争が絶えない。その世界にあって、米情報軍特殊検索群i分遺隊は暗殺のエキスパート集団で、第三世界の非人道的な殺戮の原因である独裁者、原理主義者等を速やかに排除することを任務とする。所属のシェパード大尉は、近年第三世界で急増する虐殺の陰に、ジョン・ポールという名のアメリカ人の存在があることに気づく。ジョン・ポールとは何者なのか。その目的は。

なんだかうまく要約出来ない。こんな要約なんかじゃとてもその魅力を伝えることは出来はしない。悔しい。

少し前にTwitterで話題になっていたので、軽い気持ちで入手して、軽い気持ちで読み始めて、ところがそのあまりの面白さに本を措く能わず、(読むのが)勿体無い、と思いながらも一気読み、読み終えて暫し呆然。負けました。脱帽です。

この描写の細かさ、確かさ。圧倒的なリアリティだ。そして何気ないガジェットの描写もキッチリ伏線になってるし。ストーリーには幾重にも仕掛けが施されているし。それからなにより物語自身の持つ存在感。正しく思考実験をするならば、このようにならざるを得ない、というような。

この面白さ、なんと表現したらいいのだろう。でまた興味を抱いている領域がとても近いんですわ。ワシ自身と。進化心理学、言語学、アメリカの社会構造、等々。面白すぎて居ても立ってもいられない、みたいな感覚。これ久しぶりです。

それから、きっかけがね、アメリカで受賞、って話題だったことから、読後、思ったのはね、アメリカ人、これ読めるのかなってことだな。或いはアメリカ人は、これ読んでどんな感想を持つのかな、っていう。アメリカ人には、これは書けないな、っていう。二重三重に皮肉な結末だよね。これはね。

ぜひぜひ一読をお薦めします。

・・・今調べたらTwitterで話題になっていたのは、同じ作者の「ハーモニー」の方ですね。P.K.ディック記念賞の審査員特別賞受賞、ってことで。これも 手に入れて読まなければ。そして、作者はもう亡くなっているんですね。そのことにもショックを受けた。なんてことだ。この人の書いたものをもっともっと読みたいのに。

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2011年9月 4日 (日)

【書評】エンジン/ENGINE 著者:矢作俊彦

エンジン/ENGINE読了◎。明け方の銀座四丁目。張り込み中の游二の目の前で、ランチアから降り立った金髪の美女は、ティファニーに銃弾を撃ち込み、悠然とイヤリングをつまみとる・・・。

っていう派手なオープニングからして、一種独特の「現実離れ感」が漂うわけです。んでもって、主人公の游二のキャラも行動パターンも、「これのどこが刑事やねん!一匹狼の探偵(オプ)のまんまじゃねーか?!」っていうツッコミ入りまくり。連続外車窃盗団を張り込み中の築地署の刑事游二、そういう意味でのリアリティは全くない。にもかかわらず、というべきか、この感じ、主人公が何かに突き動かされるように事件にのめり込んでいく感じが、凄くいい。凄く「リアル」だ。取り憑かれたように破滅的に突っ走る感じが。

話自体は全くリアルではないけれど、登場人物たちも全然リアルではないけれど、甘くなく、作りものでなく、ちゃんと話として成立しているんですわ。それはなんでか、って考えるとね、そこにある「情念」はとてもリアルだ、っていう、そういうことではないかと。

一種虚無的な情念を抱えて、枠からはみ出してしまう、はみ出してしまいたい、感じ。これがなんだかガツンと来たっていうか。これはワシの個人的な好みの問題?いや今の日本のある側面、通奏低音なんではないかしらん?っていうのは考え過ぎか。まあそれはどうでもいいや、面白く且つ完成度高いです。一読をお薦めします。

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2011年7月17日 (日)

【書評】歌うクジラ 著者:村上 龍

歌うクジラ読了◯。舞台は近未来の日本。21世紀初頭、グレゴリオ聖歌を正確な音程で歌うクジラが発見された。そのクジラの細胞から採取された遺伝子(SW遺伝子)は、細胞の生命時計であるテロメアを修復し、人類に不死をもたらす。そして一世紀が経ち。最下層出身の青年タナカアキラは、流刑地「新出島」を抜け出し、「老人施設」を目指す。彼の身体にはSW遺伝子の秘密を記したICチップが埋め込まれている。社会を転覆させるほどの。最高権力者ヨシマツに会い、ICチップを渡せ。彼の父親はそう言い遺した・・・。

面白いか、ってゆーとまあ面白い。ヨメさんに貸したらあっという間に読んでしまってたんで、客観的に見て、読みにくいってこともないんだと思う。でもオレなんだかノれなかったんだよなあ。残念ながら。

一つにはお勉強に時間を掛けてるんで、いまいち集中して読書に没頭出来ない、ってのはある。普通の状態で読んだら◎だった可能性はじゅうぶんにあるよ。それは認めた上で、一応書いて置くな?

読後思ったんだよ、村上龍は年をとったんだなー。いやだれでも年はとるけど、このヒトの場合、体制側に取り込まれた感が漂っちゃう、そういう年の取り方。練れたというか、慣れたというか、熟(こなれ)たというか。お話としてのダイナミズムを捨てて、社会的なメッセージを取った、という弁護は可能かもしれないが・・・。いややっぱり納得がいかないな。

主人公に主体性がない。主人公の造型の問題ではなく物語の構造として、主人公に主体性がない。ネタバレになるので詳しくは書かないが、結局、タナカアキラくんの地獄巡りツアー、なわけですよ。もちろんただそれだけではなく、そう思わせておいて、ちゃんとそれをひっくり返す仕掛けもしてありますけど、しかしそのひっくり返しも含めて、お約束に見えてしまう。そのひっくり返しも含めて、主人公に主体性がない、ように見える。

日本のある側面をグロテスクにデフォルメして外挿された近未来。鍵は閉塞感であり、既得権であり、差別である。テクノロジ面でのガジェットはど~でもいい(いやお話的にはどうでもよくはないんだが)。そのある側面は正しくキッチリと反映されていると思う。そしてこれを描くのはそんなに簡単なことではない。その意味で、年を取って衰えた、ということでは全然ない。眼力も筆力も。読者としてのオレの不満は、この小説では今の閉塞感を打破出来ない、という点にある。そして打破出来ない閉塞感に捕らわれている今の状況を(打破しようとしても打破出来ない状況を)描いたのだ、と言われたら、そこで諦めるのは(もしかして諦めた自覚さえなく?)、「らしく」ないよね?ってことなんだよ。そのらしくなさが年を取っちゃったんだなあ感の中身だと。眼力筆力でなくスタンスの問題。

世界観に破綻はない。小説としてダメな訳ではない。でも好きになれない。そういう小説。それをあの、村上龍が書いたことが許せない、ってゆーか。いつからあなたはこういう目線で小説が書けるようになったんだ、ってゆーか。このヒトの本は殆ど全て読んでるが故に、余計にそう思うんだろな。

いかんタダの愚痴だ。書評ってヤツも書き続けてないとなんだかカンが鈍るんだなー。一旦出直します。

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2011年5月 5日 (木)

【書評】小暮写眞館 著者:宮部みゆき

小暮写眞館読了◎。宮部みゆきの現代もの。東京近郊のちょっと寂れた商店街にある小暮写眞館に越してきた一家を中心とする、連作中篇4篇を収める。

花菱秀夫・京子夫妻はちょっと変わっている。築三十三年の古びた写眞館が気に入り、改装してそこに住むことにしたのだ。高校生の長男英一と、8歳年下の弟、光も一緒だ。英一は花ちゃん、光はピカちゃんと呼ばれている。ちょっとした勘違いから、不思議な写真を手にした英一は、友人のテンコと共に、心霊写真探偵もどきをやることに。聞き込みで判明したもう一つの事実。小暮写眞館には前の持ち主、小暮さんの幽霊が出るのだという・・・。

このオカルトとミステリがいい感じでの入り混じった味は、宮部みゆきだよなあ。宮部みゆきのオカルトは、京極の妖怪とちょっと似てて、この人特有の味を出す小道具なんだよね?オカルトという現象そのものは、実はどうでもいいんだよ。

この人が書きたいコトってのは、家族とか、愛とか、そういう、ちょっと気恥ずかしくなるくらい真正面なトコにある。或いは、重たいトコに。そういう意味で、実は直球の社会派なんだよね。前から思ってたけど、この作品読んで一層その感を強くした。

その真正面さ、メッセージ性、社会性、現代性を、青臭くなく説教臭くなく嘘臭くなく、エンターテイメントとして書けるのがこの人の特技。それでいてそのメッセージはちゃんと心に残る。ええ本です。一読をお薦めします。

にわか心霊写真探偵の花ちゃんが遭遇する、様々な事件。花ちゃん、テンコ、コゲパンら高校生の登場人物のキャラがいい。この、根がまっすぐな感じが好きだぜ。

ただ、文体に関しては、今回、ちょっと荒れた?今までにない省略ぶりかと。これもケータイ小説とかの影響なのかしらん?いや別にケチをつけるつもりはないが、なんだか残念ですぅ。

・・・ってわけで、久々の書評です。なんでかってーと、そう、5/22の短答試験に向け、追い込みな訳ですわ。4月はとうとう更新一回のみ。ブログ的にはダメダメなんだけどさ、まあとにかく受かんなきゃ、ってコトで、ブログ更新の時間がないくらい勉強してます(ホントか?)。引き続きしばらくは休みがちになる予定。ああ早く受かって一日一冊に戻したい。ではでは。

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2011年3月 5日 (土)

【書評】西巷説百物語 著者:京極夏彦

西巷説百物語(にしのこうせつひゃくものがたり)読了○。妖怪の類の噂は上方でもよく聞く。桂男に魂取られただとか、豆狸が酒を買いに来ただとか・・・。妖怪・あやかし・不思議、の姿を借りて、依頼人の晴らせぬ恨み、どうにもならない依頼の筋、を通してやる仕掛け仕事。請負うは帳屋の林蔵。林蔵は只の帳屋ではない。二つ名が”靄舟の林蔵”、相手を舌先三寸の嘘舟に乗せ、知らぬ間に彼岸へと運ぶ・・・・。

桂男(かつらおとこ)、遺言幽霊水乞幽霊(ゆいごんゆうれいみずこいゆうれい)、鍛冶が嬶(かじがかか)、夜楽屋(よるのがくや)、溝出(みぞいだし)、豆狸(まめだぬき)、野狐(のぎつね)、中篇7篇を収める。

題名どおり、巷説百物語の、上方版。役どころとして”御行の又市”にあたるのが”靄舟の林蔵”。キメのセリフは「これで終いの金毘羅さんや」。又市とは悪友、腐れ縁。

ってわけで、はい、面白く読ませて戴きました。京極夏彦、相変わらず達者でんなあ。

この物語には、山岡百介にあたる人物が「いない」からね。ワトソン役が語るのでない物語、ってわけで。多くの場合実は”仕掛けられる側”から語られる、このお話の感じは、独特です。思うに、本人ですら知らない、覚えていない、意識していない、そのことが、自身の意識によって暴かれていくというその感じが、人の心の中に、”魔”が”棲む”って感じにぴったり合ってるんだよなー。わざと?わざと?うまいなー。

見た目厚いんですけど、会話が多いし字も大きめで、あっという間に読めてしまいます。京極ファンは必読でしょう。ってオレなんかに言われなくてもきっとみんなもう読んでるか。

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2011年2月26日 (土)

【書評】凍りのくじら 著者:辻村深月

凍りのくじら読了○。主人公の高校生、芦沢理帆子は心の中で周りの人間の個性を全てSF(スコシ・ナントカ)と表現している。この言葉遊びは、理帆子の尊敬する藤子・F・不二雄先生が、ドラえもんをSF(Sukoshi Fushigi 少し・不思議)と呼んだことにちなむもの。理帆子自身は自分をSF(Sukoshi Fuzai 少し・不在)だと思う。どこにいてもそこを自分の居場所だと思えない。

読書家の理帆子だが、過去に読んだ本の中でのベストワンは、ドラえもん。同じく藤子・F・不二雄先生を尊敬しドラえもんのファンだった、父親の影響だ。父親の芦沢光は一部で高い評価を受けるフォトグラファーだったが、若くして病に侵され、理帆子が小学生のときに失踪した。

そんな理帆子の前に、3年生の先輩別所あきらが現れ、写真のモデルになって欲しいと頼む。別所は芦沢光のファンで、病院で理帆子を偶然見かけ、イメージにぴったりだと思ったのだと言う。理帆子は断るが・・・。

うーむ。普通3行で紹介するのが基本ポリシーなんだけど、なんでか、うまく要約出来なかった。すんません。

このヒトの本を読むのは初めてです。キッカケは例によってウチのヨメさんから廻ってきて。で、ウチのヨメさんには、ヨメさんの友達の女子大生の娘から廻ってきて。最近の若いコはこーゆーの読むのよねえ、でもこれは面白かった、これ読むとドラえもん読みたくなるのよ、みたいなコメントに釣られて読んでみた次第。

うん、面白かったですよ。確かにドラえもん、懐かしく思い出して読み返したくなる感じ、あるある。そうですね、この本、見かけによらず、イロイロな読み方が出来るんですわ。オレにとっては、だけど。だから、要約がしづらいんだ、と納得。

ひとつめ。純粋にドラえもんへのオマージュとして。全部で10章からなる小説ですが、全ての章にはドラえもんに登場する道具の名前がついており、とても上手にストーリー進行を助ける役割を果たしています。そして、作中の随所で語られるドラえもんというマンガに対する愛。そうそう、昔、あれを楽しみに読んだよなー。

ふたつめ。広義のミステリとして。ワタシはミステリはあんまり好きではない。(ヨメさんは対照的にミステリしか読まないヤツですが。)読むならSF(サイエンス・フィクション)の方が好みなんですけどね。読んでる途中でアレ?と思う箇所が幾つかあったのだが、実は、アレ?と思わせるのも含めて、伏線。なかなか練れていて、それでいてイヤミでない。

みっつめ。最近の日本のライトノベルとして。ワシここ、殆ど読めてないんですわー。莫迦にしてるわけではないが、食指が動かん。でもこの本についてはヨメさんによると読みやすく、また水準も高い、ってことだったんで。確かに。ちゃんと小説世界がそこにあり、現実と向き合い悩み、そして人生を前に進めていくメッセージが込められています。

よっつめ。最近の若いコの社会習慣紹介本として。小説ではあるけれど、主人公や主人公の友達の、振舞い、考え方、等々、興味深く読んだ。

ってわけで、なかなか良い本です。一読をお奨めします。

ヘンな話ですが、ドラえもん、いつの間にか「のび太の教育上云々」なんて世間に出回っているピントのズレた批判に、自分が影響されていたんだな、と気付かされ驚く感じがありました。そーいえばiPhone版が出てたな、確か。ちょーっと読み返してみよか。

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2011年2月 6日 (日)

【書評】アナーキー・イン・ザ・JP 著者:中森明夫

アナーキー・イン・ザ・JP読了◯。俄かパンクの男子高校生シンジは、21歳で死んだアナーキスト、シド・ヴィシャスに会うために、イタコおばばを訪ねるが、降霊は失敗に終わる。翌朝、シンジの頭の中で声が聞こえる。アナーキスト違いで、大杉栄の霊が呼び出され、シンジの頭の中に住み着いてしまったのだ。繰り広げられる騒動。追体験される過去の大杉の体験。それを通して明らかにされる、日本の元祖アナーキスト、大杉栄とはいったいどんな人物だったのか。そして21世紀日本に大杉栄がよみがえった意味とは・・・?

ま、形式が小説なんで、カテゴリとしては小説に分類していますが、所謂小説ではないよね、これ。ストーリーや表現で読ませるものではない、という意味でね。ストーリーは御都合主義の極みだし、表現は 陳腐でどうしようもない。にも関わらず、この作品が成立するのは、なぜか?歴史上の人物でしかない大杉栄という人物を、生身の人物として、現代(いま)の人物として、蘇らせる試み、とでも申しましょうか。

難しい顔をした社会主義運動家、アナーキストでなく、情熱溢れる心優しきロマンチストで、女性が放って置けない人物として描く。歴史上の事件でしかない事件を、生(なま)の現場ルポのように描く。明治末期~大正時代の時代の雰囲気を、現在(いま)の時代の雰囲気と重ね合わせて描く。

これ、大杉栄の紹介本、賞賛本なんですよね。それから、閉塞感溢れる日本社会に対する警告書、告発書。アナーキスト大杉栄とは、何者であったのか。彼は何故、殺されなければならなかったのか。日本社会は何処へ向かうのか。そういった、事実の発掘、解釈、考察がこの作品の中心を成しているんですわ。だから小説というより実はレポート、読みやすくするために俗な趣向もいっぱい、みたいな感じ。そう思って読めば、後は素材の面白さなんで、それなりに面白く、興味深く読めます。

そもそも俺、アナーキストってのは、わかんないなー。無政府主義と訳されますが、そもそも主義の名に値するのか?何かを作ることでなく、何かから逃れることしか出来ない、というか。そんなもんは思想としては役には立たないじゃん、って思っちゃうんですよ。

一方で、大杉栄のような人物を生かしておくことの出来なかった時代と、現代(いま)の日本の閉塞的な時代が重なって見える、ってトコには、うんうん、と頷く感じがあり、その文脈の中では、内面的な抵抗としてのアナーキズムってのはアリか、とも思う。んで、でもそれ最初っから負けてませんか?っていうツッコミが入るよね。それと”時代が重なって見える”ってことに関しては、”その先”を考えずにはいられないよな。それ、「マネーの進化史」の第六章、チャイメリカの今後、ってコトですかい?果たして歴史に学ぶことは出来るのか?怖えよ。

っとまあ、色々と考えるきっかけにはなったんで、オマケして○。はい。

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2011年1月27日 (木)

【書評】KAGEROU 著者:齋藤 智裕

KAGEROU読了○。大東ヤスオは、ついてなかった自分の人生を終わらせるべく、廃ビルの屋上から飛び降りることにした。しかし白手袋をはめた端正な顔の男に止められ、自殺は失敗に終わる。謎の男はヤスオの境遇を言い当て、ある取引を持ちかける・・・。

ちょっと前にネット上で話題になってたよね。何で今頃かってーと、例によってウチのヨメさんから廻ってきた。一時間で読める、ってことだったんで、どれどれ、と読んでみる。(最近勉強時間の確保に苦労しててね。読む本がどんどん薄く軽い方向に流れているのは否定できない。俳句とかに走ってるのも、そういうことか。まあ、試験に受かるまではしょうがないっちゃしょうがない。)うむ。確かに。正味一時間かからないで読めます。

んで、面白かったかってーと、うん、普通に面白かったんですけど。アマゾンのコメント欄が炎上って話なんで、へえ、とちょっと覗く。

まあ、この量で単行本一冊1470円也、ってのは確かに高いな、自分じゃ買わないな、とは思うよ。普通のつくりだったらこの長さの中篇3~4本で一冊だもんね。でも内容的には別に問題ない。これはこれでありだよねえ。胸のゼンマイをクランクで廻す図なんて、結構好きです。うん。

ま、作品そのものよりもそれにまつわる諸々がちょーっとアレだってことで、皆さん怒ってらっしゃるようで。高額賞金30%、有名人30%、勘違い30%、その他10%、ってトコですかねえ。

宣伝文句もさ、「命」云々って力入れるようなアオリは逆効果だよな。もっと軽い感じで、「現代のファンタジー」みたいなノリで良かったのにね。なんであんな重々しい紹介の仕方にしたのか、謎です。

欠点があるとすれば、テーマを分かりやすく説明したくなっちゃう心根の部分ですな。書かなくていいことを書いている。言わなくていいことをわざわざ言っている。そんな感じ。そこがザンネンなの。

まあ、巷間言われているほど酷くはないですよ、機会があったら一読してみても良いのではないかしら、ってことで。いやホントすぐ読めるし。

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