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2010年5月 9日 (日)

【書評】存在という名のダンス 著者:大崎善生

存在という名のダンス読了X。北海道の岩見沢に、広大な敷地を持つ、”梟の森”がある。全寮制の学校と病院をあわせたような教育施設だ。その昔、戦争中の人間の行為に絶望した医師、加納重吾郎が、山篭りの末、人類に対してなすべきことは”教育”であるという結論に至り、この施設を立ち上げたのだ。加納は一冊のノートを残した。山篭り中に、ゲルミナンド・ヘステと名乗る存在と出会った体験を綴ったものだ。

施設の周囲を鉄条網が囲み、勝手な外界との交渉は禁じられている。主人公の相川宗太が、小学2年生のときにここに預けられてから、4年が経過した。いま、宗太は施設を脱走し、父親の入院する病院がある函館を目指して歩いている。脱走した宗太を施設の監視部隊”荻野団”が追う。施設の目的とは何か。加納の残したノートは何を伝えようとしているのか。ゲルミナンド・ヘステとは何者か。宗太は無事に追っ手を振り切ることが出来るのか・・・。

これも日経の書評欄で数ヶ月前に褒められていた本なんですけど。うーん。あかん。どおもアレだ、日経の書評欄って、”理念先行”みたいな小説にころっと騙されて、甘い点をつける傾向がないですか?

これはホントに小説なのか?ただのあらすじじゃないのか?っていうくらい、描写が大味なところが頻発する。んでもって会話が致命的に紋切りだったりする。

プロットに関しても、全然納得がいかないな。不自然なところが多すぎるよ。因みに、このブログの冒頭であらすじを紹介しましたが、これは物語の一部。宗太の逃亡劇の話と思わせておいて、そこから歴史的な因縁とか、人類の憎悪の連鎖とかの”大きな”物語が絡んで行くんですけど、それはいいんですけど、そこに説得力がない。無理やりくっつけたようにしか見えないんだよなあ。このブログのポリシーなんで、いくらつまんない小説でもネタはばらしません。だからプロットに関して、これ以上具体的には書かな いけど、一言で言うと”うすっぺら”で”ちぐはぐ”ってことですね。

それから、”存在という名のダンス”っていう、タイトルにもなっているフレーズ、作者は気に入ってるらしくて作中にも何度も出てきます。そして、それらしいエピソードが語られたりもしますが、いくら読んでもこの言葉に象徴的な意味を認めることが出来ない。一見もっともらしいが中身がない。独りよがりってのはこういうことを言うんだなあ、と妙に納得。

以上とりあえず3点、小説としての完成度があまりにも低い。

角川も堕ちたもんだ。こういう生煮え作品をちゃんとしたものに煮詰めるのって、編集者或いは出版社の役割でしょう。この段階で出しちゃだめだと思う。”小説”に不慣れな出版社ならともかく、角川くらいの出版社なら、ちゃんと書き直させて完成させてから世に出すものだと思ってたよ。

ってわけで、私にしては珍しく、X。このブログ初のXだ。実は最初、気を使って△にしたんだけどこれを△にしたら今後Xつけることはないな、って思ってXに訂正。他の△評価の作品にも悪いしな。とゆーことで、どーしても面白くありませんでした。ファンの方がいらっしゃったら誠に申し訳ないとは思うのですが。

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