« 2010年4月 | トップページ | 2010年6月 »

2010年5月30日 (日)

【書評】古本綺譚 (平凡社ライブラリー)  著者:出久根達郎

古本綺譚読了○。小説家であり古書店主でもある著者による、古書を巡ってのあれこれを綴ったエッセイ集。怪しげな売り手の話、屑屋さんとの付き合いの話、掘り出し物を逃した話、それから春本に偽装された芦原将軍の自伝の話、等々、俄かには信じられないような奇妙な話がちりばめられています。

古本つながりで読んでみました。とは言っても実用書である「ネット古本屋になろう!」とは真逆の立場から書かれている本ですから、つながりって言うのもちょっとヘンなのだが。

昔の古書店のイメージだよね。ちょっと黴臭くって薄暗く、床から天井まで本が積んであるような。大正とか昭和とかの”事件”とどっかで地続きであるような。ちょーっと時空が歪んでいる。空気が違う。軽めの人情話も入っていますが、基本はそんな感じのちょっと昭和的にベタっとした、アナクロな世界だと思います。

古本っていうのが決して格好のいいものでなく、ちょっとドロドロしたものを抱え込みがちなものだ、っていうのは事実なんだろうな。”書物”という商品の性 格上、或いは”古い”=所有者が変わる、っていう性格上、それは避けられない。だから奇妙な話のネタにもなりやすいんだろうね。

正直に言うと、このベタっとした感じは、好き嫌いで言うと、あまり好きではないんですよ、ワシ。作品が嫌いとかそういんではなくて、その時代の手触りがちょっと生理的に”来る”感じというか。そんなら読まなきゃいいんだが、古本エッセイとしては他の方の著書よりは”面白い”。んで、読んた後で微妙に違和感を感じる、ってことを繰り返してる気がする。このヒトの本は。なんでしょうね、この感じ?

にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ →ポチっとクリックしていただけると大変ありがたいです。
にほんブログ村

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年5月29日 (土)

【書評】流れ星 著者:カレル・チャペック

流れ星読了○。病院のベッドに横たわる一人の患者。全身を包帯で巻かれ、身動きはままならず、高熱を発している。飛行機が墜落し、一命はとりとめたものの、身元はおろか名前すらわからないのだ。ポケットには南米の植民地の小銭。体には幾つかの特徴のある傷。この患者X(エックス)は、いったい、何者なのか?敬虔なカトリックの尼僧看護婦は夢の中で彼が語るのを聞く。千里眼氏は、直感によって彼の半生を見る。そして詩人は彼の人生を詩的に推理し、作品を書き上げる・・・。

3人の人物が語る、患者Xのこれまでの人生。力点の置き方は違うものの、3人とも、患者Xを同じようなキャラクターとして、同じような葛藤を抱えていた人物として、描き出していく。

チャペックつながりで読んでみました。最初、今風の小説としてもいけるかも、と思いつつ読んでいましたが、やっぱり中盤以降、テンポがちょっとしんどいな。作劇法についての考察が始まったり、社会批判が始まったり。色んなものが詰め込まれているんだけど。昔の小説って、そうそう、突然登場人物が長々と話し始めたりしたした。とか思い出しながら、んでもちょーっと辛いんで、適当に飛ばし読みになってしまったかもしれない。てゆーか、後半、飛ばし読みです。ごめん。

ううーむ。やはりどれでも時代を超えて文句なく面白い、ってわけにはいかないものなんだなあ。なんていうんでしょう、話題についていけない、というか。つくりがちょっと古臭い、というか。ちょーっとここんとこ仕事でイロイロあって、読書の集中力が落ちているというのも影響があるかもしれないな。体調のいいときにもう一回読んでみたい。今日は、ごめん。

にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ →ポチっとクリックしていただけると大変ありがたいです。
にほんブログ村

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年5月25日 (火)

【書評】ハル、ハル、ハル 著者:古川日出男

ハル、ハル、ハル読了○。この物語はきみが読んできた全部の物語の続編だ”ハル、ハル、ハル”、あらゆる日記がいかにも日記って体裁で書かれるとは限らない”スローモーション”、千葉県の大部分は房総半島だ”8DOGS”、中篇3篇を収める。

この本の最終ページに、著者自身が”新しい段階に入った”と宣言する、この文体。ええーっ、そうなんですかあ?納得がいかないなあ。やっぱアレですか、ケータイ小説とかを意識して、”喋るように書く文体”を開発しました、ってことですか?

個人的な好みから言うと、この文体で書かれた物語はあまり好きではないな。文体そのものが、というより、文体を変えたことによって話の広がりが制約されてしまう、そのことがイヤだね。この文体だと、語られた”物語”に注目するのではなく、物語を語る”人物”に注目してしまうんだよな。”物語”は”その人物が語った物語”になる。ワタシにとって、物語”を読むのと、”その人物が語った物語”を読むのとは、全然別のことなんだなーって思ったことですよ。

それを生かした(様々な語り口で)ポリフォニックに語られる長編、ってのはありなのかもしんないがなあ。そのための習作としての、これら中篇か?でもなあ。ちょっと違うような気がするなあ。

地の文は無色透明な方がいいよ。このヒトの書く物語の魅力は、凄いスピードで紡ぎ出される嘘の圧倒的な量にあると思うのだ が。それを支えている要素のひとつに、視点を切り替えるテクニックがあるよね。この文体だと視点は切り替えられない。結果、中身が貧弱になってしまう、っ てこと?

ってわけで、納得がいかない。そーか。こっち方面に行っちゃいましたか。うーむ。この”段階”に至る前の、このヒトの小説で、まだ読んでないのは、「聖家族」かな?ううむ。勿体ない。取っといて、大事に大事に読もうと思います。

にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ →ポチっとクリックしていただけると大変ありがたいです。
にほんブログ村

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【書評】理屈が通らねえ 著者:岩井三四二

理屈が通らねえ読了○。二文字厚助は江戸の算法塾の高弟で、旗本の三男坊、二十五歳。算法の問題ならなんでもこいと言うほどの自信はある。算法者の常として、理屈が通らないことが嫌いな性質(たち)だ。懸賞金付きの”十字環問題”を解いた栄誉が手に入るはずだったのだが。上方の算法者、安藤曲角なる人物が、新しい解き方でこの難問を解いたのだと言う。自分の解き方に自信がある厚助は、納得がいかない。かくなる上は曲角と直接会って、どちらの算法が正しいか、果し合いで決着をつけるしかない。日光往還を奥州方面へ向かったという曲角を追って、厚助は今日も旅の空・・・。

ってわけで、旅先で出会う様々な事件を、得意の算法で解決(したり、しなかったり)しつつ、旅は続く。連作短篇集。短篇9篇を収める。
山を測れば
算法合戦
賭けに勝つには
渡世人の算法
まるく、まるく
虫食い算を解く娘
ぶった切りの明日
水争い
十字環の謎

算法つながりで読んでみました。ってゆーか、算法、ブーム?和算って、日本史でちょっとだけ出ては来たけど、その中身って教わらなかったよね。天地明察と理屈が通らねえの2冊を読むと、なんとなく、算法とか和算とかが、わかったような気になれるよな。その具体的な中身とか、社会での立ち位置とか、ね。面白い面白い。

侍と百姓の社会的な地位の違いとその意識の仕方、お上の定めた”法”に対する人々のスタンス、等々もなにげにきちんと書き込まれていて興味深い。なんというのだろう、例えていえば、身分が違うということは、ただ身分が違うというだけのことである、それはそれとして、結局ヒトとしてどうかがポイントだ、というようなある種の割り切り、みたいなものが。

この作者はこういう部分(社会の通底にある人々の一般常識)で手を抜かないんで、時代ものとして、読んでて安心なんだよね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年5月23日 (日)

【書評】マネーの進化史 著者:ニーアル・ファーガソン

マネーの進化史読了◎。原題は”THE ASCENT OF MONEY”。このタイトルは科学評論家ブロノフスキーの”The Ascent of Man”(人類の進化)のもじり。サブタイトルは”A FINANCIAL HISTORY OF THE WORLD”。著者はハーヴァード大学の歴史学教授。

マネー=お金、なんだけど、ここで扱っている題材はもっと広く、これ、金融システムの進化史ですね。それも、基本の基本から始める。つまり、古代メソポタミアで誕生した金貸しからスタートするわけですから。

中身はこんな感じ。例によって・・・以下はワシのメモ書き。

はじめに・・・マネーの本質とは何か?
第1章 一攫千金の夢・・・信用制度。銀行の誕生。いまのマネーは、銀行によって作られた、ある種の負債。
第2章 人間と債券(ボンド)の絆・・・債券市場。全ての市場の基礎。ロスチャイルド一族。アルゼンチンの経済史。
第3章 バブルと戯れて・・・株式市場。会社組織の誕生。ジョン・ロー。エンロン。
第4章 リスクの逆襲(リターン)・・・保険。スコティッシュ・ウィドウ。福祉。ヘッジ取引。
第5章 家ほど安全なものはない(as safe as houses)・・・不動産。住宅所有民主主義。
第6章 帝国からチャイメリカへ・・・金融市場。前回のグローバリゼーション(1914)。ジョージ・ソロス。LTCM。チャイメリカ(中国からの輸入品がアメリカのインフレを抑える、中国の貯蓄がアメリカの金利を抑える、中国の安い労働力がアメリカの賃金を抑える、だから、企業は儲かり、住宅ローン市場はだぶついた)。アメリカと中国の政治的な関係の悪化に注目すべし。
終章 マネーの系譜と退歩・・・リスクと不確実性。行動経済学的視点。産業資本主義は進化のプロセスというアナロジー。この20年=カンブリア大爆発。金融という種の起源。人間を映す鏡。

経済学がらみの本とは思えない、無味乾燥な教科書的な記述とは最も遠い、登場人物が生きて動いているかのような記述。興味深いエピソードてんこもり。著者はスコットランド人ですが、欧米の(特にイギリスの)サイエンス読本の系譜にも連なる本なんだなあ、と思いました。基本からきちんと説明する。手は抜かない。生き生きとした具体的なエピソードで語る。現在との関連性を意識する。

そして立ってるスタンスがね。各章のタイトルを見てもわかるとおり、基本から網羅的に説明しているけど、ただの通史じゃないんだよね。静的(スタティック)な歴史の記述でなく、動的(ダイナミック)な変化の模様を描き出すってゆーか。金融システムを進化論的に見てるってゆーか。視点が新鮮なんだな。

個人的には第一次グローバリズムの進展とその破綻(つまり第一次世界大戦)と、チャイメリカの今後、って視点がゾッとするほど面白かったな。果たして、人は歴史から学ぶことが出来るのか?ねえ?

それから、行動経済学。やっぱりちゃんと勉強してみようかな、って気になりました。そう、金融市場が人間を映す鏡であるならば。

読み応えのある、ええ本です。一読をお奨めします。

にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ →ポチっとクリックしていただけると大変ありがたいです。
にほんブログ村

続きを読む "【書評】マネーの進化史 著者:ニーアル・ファーガソン"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年5月20日 (木)

【書評】東京ファイティングキッズ 著者:内田樹、平川克美

東京ファイティングキッズ読了○。気鋭の”ご意見番”内田樹と、その小学校時代の同級生で現役ビジネスマンの平川克美。世間を甘く見ることに掛けては、宿命的に優れているふたりによる、往復書簡集。国家論、アメリカ論、戦略について、マザーシップ、等々、広範囲かつディープなつっこみの数々。

気鋭のご意見番ってなにそれ?っていう、ツッコミは、なしでお願いします。こっちもノリで半分冗談で書いてるだけなんだから。でも、その感じ、なんとなくわかりませんか?ご意見番。主流ではないところに身を置いて、若干煙ったがられながらも、言うべきことは言う。んでもって、通すスジは”先代の遺言”みたいな、ちょっと古くって半分忘れられようとしている正論だったりする。

そういう、ヘンなヒトの系譜、例えば橋本治さんとか、養老猛司さんとか、山本夏彦さんとか、そこに連なる正統派のご意見番なのだと、思うのです。内田樹さんは。

んで、平川克美さんという方は、この本を読むまで存じ上げなかったのですが、リナックスカフェの創業者なんですね。へええ。んで、二人のメールのやりとり、どっちがどっちのメールを書いててもわかんない、ってくらい、お二人の考え方は良く似ています。類は友を呼ぶってことですかね?

でも小学校を出て、40年以上経つのに、未だに付き合いがあり、のみならずこういうレベルで意見の交換や議論が出来るのって、凄いことですよねー。羨ましいな。

印象に残っているフレーズを幾つか抜書きしようと思ったのですが、いまヨメさんトコに廻ってて手許に本がない。そのうちやるんで、今日はこんな簡単なコメントでご勘弁を。

にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ →ポチっとクリックしていただけると大変有難いです。
にほんブログ村

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年5月16日 (日)

【書評】ウナギのふしぎ―驚き!世界の鰻食文化 著者:リチャード・シュヴァイド

ウナギのふしぎ―驚き!世界の鰻食文化読了○。

どういうジャンルの本なんだ、これは?”ウナギ業界ルポ”と”ウナギ豆知識”をミックスして、”ウナギ料理薀蓄”を振りかけた、って感じか。んで、取り上げられているのは主にアメリカ及びヨーロッパのウナギ業界事情。装丁に偽りありだよなあ。カバー表紙にウナギの浮世絵使っといて。日本の業界事情は、そりゃ世界でダントツのウナギ消費国ってわけで、出て来ないわけはないんだけど、ごくあっさり。全体として何がテーマなんだか、いまいちピンと来なかったなあ。

ま、それを言うなら、なんで俺、コレ読んでるんだろう?って話なんだけどね。実際、途中で止めようか、と思わなくもなかったんだが、気がついたら1/3位読み終わってたし、読みやすくはあるし、面白くないわけでもないので、いいか、と思って最後まで読む。

まあ、ウナギおたくの本、ってまとめてもいいんですけど。てゆーか、ウナギおたくって何?生態が謎に包まれているって意味では、確かにある種の人々を惹きつける魅力がある、ってのはわかる気がするが。そう言えば”アフリカにょろり旅”なんかまさにそうだったわけでな。でも、この本のメインは、あくまで業界事情にあるような気がするなあ。アメリカとヨーロッパのウナギ業界事情。或いは、アメリカの田舎の暮らしぶりのルポと思って読めば、それはそれで興味深く、面白く読めます。でも基本的には、誰をターゲットにした本なんだろう?とちょっと不思議に思うような本。

料理本としても、そもそもそんなにウナギ料理にバリエーションがあるわけでなし。

ウナギ、ヨーロッパでは食べられているが、アメリカではさっぱり、ってのも、なんだか不思議な感じがしますな。アメリカでも昔は食べていたそうですが。その、アメリカで食べなくなった経緯の考察にも1章を割いています。

ってわけで、なんだか漫然と読んでしまったせいか、うまく説明出来ません。ごめんなさい。ウナギに興味のある方(それは誰?)、特にアメリカとヨーロッパのウナギ業界事情に興味のある方(だからそれは誰?)、一読をお奨めします。

にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ →ポチっとクリックしていただけると大変ありがたいです。
にほんブログ村

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【書評】小説探険 著者:小林信彦

小説探険読了○。ワシの三大老人アイドルのひとり、小林信彦翁による、小説のガイドブック、若しくは小説をネタにしたエッセイ。その小説の”語り口”に注意を払いながら、お奨めの小説を紹介していく。

日経の書評欄には懲りた(その理由はこちら)。特に”小説”には。ってことで、まずは、小説に関して信頼できるヒトを確保しよう、って思ったら、やっぱこのヒトかなー。まあ全体的に、取り上げられている本が古い、っていう点はちょっとアレなんですけど、逆に、新刊でなく古典をもうちょっと読もうかな、とも思うんで、ちょうどいいかと。

早速、紹介されている本を何冊かオーダー。いやー便利な世の中になったものだ。

小説をテーマとかでなく語り口で分析する、っていう狙いも面白いよね。これ、他の人がやるとイヤミになっちゃうと思うんだけど、信彦翁がやると、本人の創作の舞台裏めいて、いやらしくなく、わかりやすく、説得力がある、っていうかね。

発行は1993年、ってーと、20年近く前の本かー。そら新刊の紹介は望むべくもないわな。因みに再読です。

Wikiで引くと、ここんトコ信彦翁はエッセイしか出されてないようですな。”日本橋バビロン”(2007年)が、小説で出された最新作か。それにこれも半分エッセイみたいなもんだからなあ。やっぱり小説を書くってのは高齢になると難しくなるんですかねえ。まあ冷静に考えてみると、ワシこの方で好きなのは小説よりも寧ろエッセイなわけだし。時代の証人的な要素というか、横丁に住んでる、長生きしているご隠居の愚痴とかお小言として頼りにしている、って側面が強いんで、すげえ困る、ってわけでもないけど、なきゃないで、ちょっと寂しいかも、って思いました。

にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ →ポチっとクリックしていただけると大変ありがたいです。
にほんブログ村

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年5月15日 (土)

【書評】サウンドトラック 著者:古川日出男

サウンドトラック読了◎。年齢6歳のトウタは、東京都の小笠原諸島北部の無人島に漂着した。母親の無理心中の犠牲者、年齢4歳半のヒツジコも、相前後して偶然、同じその島に漂着する。そして2年が経過した。二人は漂着生物として島に完璧に適応して生き残っている。島には野生のヤギが群棲する。二人は野ヤギの駆除のために島にやってきた東京都庁の職員に発見され、保護される。身元不明な兄妹として戸籍が作成され、二人は小笠原の小学校に通うことになった・・・。

この発端から、さて一体、話はどこに向かうのか?それは、想像もつかない、予想だにしない、とてつもなくでかい、展開へと繋がっていく。すっげえー!!!近未来の東京を舞台に壮大なスケールで繰り広げられる、とてもリアルでとても生々く、しかし全てが虚構である世界。暴力と破滅の予感に満ちた。この圧倒的な想像力、迸る嘘力(うそぢから)。面白くて面白くて面白いです。今までにこの作者の本は5冊読んでいて(”13(JUSAN)”、”ア ビシニアン”、”沈黙”、”アラビアの夜の種族”、”ベルカ、吠えないのか?”)これで6冊目。この作者にはハズレがない。中でも特に、ワシにはこれがベストワンですな。

よくぞここまで描き切ったなあ。脱帽です。普通の小説で言うと、6本~10本分位にあたるアイデアを惜しげもなくぶち込み、刻んで、煮込んで、熟成させてます。とんでもなく贅沢な本だ。途中、読みながら想起したのは、例えばコインロッカー・ベイビーズ、でも情報量、ぶっ飛び方、しつこさ、何れもサウンドトラックの方が上です。にもう、これ、SFですよ。ワシの最大の褒め言葉なんですけど。例えばペルディード・ストリート・ステーション

こういう重量級の物語を書ける人が、日本にも居たんですねえ。チャイナ・ミエヴィル的な。いやよかったよかった。

余談ですが、ヨメさん(ミステリマニア、オレとは読書の趣味は微妙に異なる)に奨めた時の会話、「これ、面白いよ」「人は、死ぬの?」「もう、ばんばん死ぬね」「そ、じゃ後で読む」。そうだった、前回奨めた”天地明察”は、頭1/3を読んで、人が死にそうにない、ってんで残りを読むのをやめちゃったヤツだった。・・・オメーはどーゆー基準で本を選んでるんじゃ(笑)!

にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ →ポチっとクリックしていただけると大変ありがたいです。
にほんブログ村

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【書評】山椒魚戦争 著者:カレル・チャペック 翻訳:大森望、小林恭二

山椒魚戦争読了◎。”ロボット”という概念を発明したことであまりにも有名な、チェコの作家、カレル・チャペックによる、文明批判SFの古典中の古典”山椒魚戦争”が、”SFを面白く翻訳させたら日本一”大森望と、”歴史を歪めて語らせたら日本一”小林恭二の、ゴールデンコンビによる新訳で、いま、蘇る!!!

って感じで煽ってみました(笑)。実際、翻訳者のこの組み合わせは強力だ。この小説を翻訳するのに、この二人以上の組み合わせは、ない。断言します。ユーモアの質、叙述に対するスタンス、なんつーか、ジャストフィットですなあ。いやー、面白い。全然古くないぜ。時事ネタがばんばん入っているにも拘らず、このポップな感じ、全然古びていない感じ、すげーいいよ。

”時事ネタが入っているから古びる”のではなくて、思わず”その時事ネタが今の話題に見えてしまう”感じ、というか。第一次世界大戦頃の話はもう古いのではなく、第一次世界大戦が身近に感じられるようになる、というか。

もちろん翻訳だけの手柄って話でなくて、原作の面白さもちょっとびっくりなんですぜ?構成上の工夫とかも含めてね。意外と進んでたんだ、100年前、みたいな。SFってジャンル、一つ間違うと時代に追いつかれてしまったりすることもある、難しいジャンルだと思うんですけど、ちゃんと根っこがSFしてたら、いつの時代であっても、追いつかれることはない。いつまでも現役SFで居られるんですわ。ってなことを考えてました。ホントかウソかは知らないが。

ってわけで、はい、一読をお奨めします。

にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ →ポチっとクリックしていただけると大変ありがたいです。
にほんブログ村

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年5月12日 (水)

【書評】麻布怪談 著者:小林恭二

麻布怪談読了○。文化文政期の江戸時代。京都の儒学者の息子、善四郎は、若い頃結婚したものの妻とは死別、以来、一人身の書生暮らしで、漫然と日々を過ごしている。家業である儒学に見切りをつけ、不惑を前にして、国学で身を立てんと江戸に出る。案に相違して国学もそれほど面白くなく・・・。草深い麻布の一軒家に引っ込むことに。友人の御家人の次男坊、青山子五郎、通称青猫曰く、麻布には”出る”から気をつけろと。善四郎は相手にもしなかったが・・・。

怪談、っつっても、重っ苦しいドロドロした話ではなく、四十前後でなお腰の定まらないぼんぼん善四郎と、美人の狐と幽霊が絡む、普通の(?)お話です。んで、重くはないけど、因縁とか因果とか、人情とか未練とか、さりげなく、でもしっかりと、話の中に流れています。なんでしょうな、このノリ。不思議なノリと語り口で、とんとんとん、と話が進んでいく感じ。確かに普通の小説の話の進み方ではないなあ。

この、不惑前でふらふらしている、でも根が善人でぼんぼんの、善四郎というキャラがなんだか良くってねえ。羨ましいと言うか。憧れると言うか。っていうのもちょっとマズイ気もするけどね。ま、それはそれとして。それと、狐の”ゆずり葉”、幽霊の”初”、二人の美人のキャラもすごく良いんですわ。楽しく、最後はちょっとしんみりと、読ませていただきました。

小林恭二という方も、なんだか不思議な境地に達しつつありますねえ。昔のあぶない感じがなくなって随分丸くおなりになって。昔の感じだと続けて行けるのか?とちょっと心配する感じがあったんですけど、この本とか読むと、もう大丈夫、って感じですね。よかったよかった。

なにやら良いです。取り敢えず一読をお奨めします。

にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ →ポチっとクリックしていただけると大変ありがたいです。
にほんブログ村

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年5月11日 (火)

【書評】ライディング・ザ・ブレット 著者;スティーヴン・キング

ライディング・ザ・ブレット読了○。原題は”RIDING THE BULLET”。 アランはメイン州立大学に通う大学生。父親は死別し、女手ひとつで育てられた。そのたった一人の家族である母親が倒れたという連絡が入った。アランはヒッチハイクで母親の住むルイストンの病院に急ぐ。約190キロの道のりだ。しだいに日が暮れ、空には禍々しい大きな月がかかっている。果たしてアランは月明かりの下を疾走する車の中で、何を体験するのか・・・。

小説作法が思いのほか面白かったので、キングつながりで読んでみた。四六判で余白も多め、字も大きめ、それで本文125ページってんだから、あっという間に読めちゃう。キングの小説の単行本としては最も薄いんでないかな。長編体質のキングにしては珍しい。

それもそのはず、この本、紙の本としてででなく、電子書籍として、ネットでダウンロード販売されたんだそうで。キングなりの業界の構造変化(電子出版)対応の実験、というトコでしょうね。軽めの、短めのモノで、価格もリーズナブルにして敷居を下げて、反応を見ると。

解説によると発売から3日で50万部を売上げる大成功だったそうです。発売は2000年。2000年ですよ?キンドル登場(2007年)の遥か前。今だったらどんだけ売れたことか。

キングお得意のホラー、と思わせておいて、ちょっと違う。ホラー仕立てはホラー仕立てなんだけど、なんて言うんだろう、人生を振り返ったときに見える、ちょっとした真理を、軽く、乾いたタッチで描き出す、短編小説、って感じですかね。スタンド・バイ・ミーの系列と言えば近いかな。あ、ワタシはスタンド・バイ・ミーは原作の方は読んでなくて、映画で観だけですけどね。

にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ →ポチっとクリックしていただけると大変ありがたいです。
にほんブログ村

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2010年5月 9日 (日)

【書評】存在という名のダンス 著者:大崎善生

存在という名のダンス読了X。北海道の岩見沢に、広大な敷地を持つ、”梟の森”がある。全寮制の学校と病院をあわせたような教育施設だ。その昔、戦争中の人間の行為に絶望した医師、加納重吾郎が、山篭りの末、人類に対してなすべきことは”教育”であるという結論に至り、この施設を立ち上げたのだ。加納は一冊のノートを残した。山篭り中に、ゲルミナンド・ヘステと名乗る存在と出会った体験を綴ったものだ。

施設の周囲を鉄条網が囲み、勝手な外界との交渉は禁じられている。主人公の相川宗太が、小学2年生のときにここに預けられてから、4年が経過した。いま、宗太は施設を脱走し、父親の入院する病院がある函館を目指して歩いている。脱走した宗太を施設の監視部隊”荻野団”が追う。施設の目的とは何か。加納の残したノートは何を伝えようとしているのか。ゲルミナンド・ヘステとは何者か。宗太は無事に追っ手を振り切ることが出来るのか・・・。

これも日経の書評欄で数ヶ月前に褒められていた本なんですけど。うーん。あかん。どおもアレだ、日経の書評欄って、”理念先行”みたいな小説にころっと騙されて、甘い点をつける傾向がないですか?

これはホントに小説なのか?ただのあらすじじゃないのか?っていうくらい、描写が大味なところが頻発する。んでもって会話が致命的に紋切りだったりする。

プロットに関しても、全然納得がいかないな。不自然なところが多すぎるよ。因みに、このブログの冒頭であらすじを紹介しましたが、これは物語の一部。宗太の逃亡劇の話と思わせておいて、そこから歴史的な因縁とか、人類の憎悪の連鎖とかの”大きな”物語が絡んで行くんですけど、それはいいんですけど、そこに説得力がない。無理やりくっつけたようにしか見えないんだよなあ。このブログのポリシーなんで、いくらつまんない小説でもネタはばらしません。だからプロットに関して、これ以上具体的には書かな いけど、一言で言うと”うすっぺら”で”ちぐはぐ”ってことですね。

それから、”存在という名のダンス”っていう、タイトルにもなっているフレーズ、作者は気に入ってるらしくて作中にも何度も出てきます。そして、それらしいエピソードが語られたりもしますが、いくら読んでもこの言葉に象徴的な意味を認めることが出来ない。一見もっともらしいが中身がない。独りよがりってのはこういうことを言うんだなあ、と妙に納得。

以上とりあえず3点、小説としての完成度があまりにも低い。

角川も堕ちたもんだ。こういう生煮え作品をちゃんとしたものに煮詰めるのって、編集者或いは出版社の役割でしょう。この段階で出しちゃだめだと思う。”小説”に不慣れな出版社ならともかく、角川くらいの出版社なら、ちゃんと書き直させて完成させてから世に出すものだと思ってたよ。

ってわけで、私にしては珍しく、X。このブログ初のXだ。実は最初、気を使って△にしたんだけどこれを△にしたら今後Xつけることはないな、って思ってXに訂正。他の△評価の作品にも悪いしな。とゆーことで、どーしても面白くありませんでした。ファンの方がいらっしゃったら誠に申し訳ないとは思うのですが。

にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ →ポチっとクリックしていただけると大変ありがたいです。
にほんブログ村

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年5月 8日 (土)

【書評】小説作法 著者:スティーヴン・キング

小説作法読了◎。原題は”On Writing”。副題は”A Memoir of the Craft”。スティーブン・キングの自伝であり、世に出るまでの文章修行の模様を綴った「生い立ち」、キングが英文を書く上で注意している点をまとめて述べた「道具箱」、自身の小説の書き方について説明し、自作の舞台裏を見せてくれる「小説作法」、そして、1999年に遭遇した交通事故の顛末「後記 人生の味わい」、それから、読者サービスとして推敲の実際「補遺 その一 閉じたドア、開いたドア」、また、これも読者サービスとして、キングが最近読んだ本「補遺 その二 参考図書」。全6篇を収める。

キング作品は多分半分くらいは読んでいると思う。クージョとかグリーンマイルとかペットセメタリー、ミザリー、ダークタワーシリーズの一部、トミーノッカーズ、くらいか。半分もいってないね、1/4くらいだね。ワシ、あまりいい読者ではないのかもしれないな。

読めばある水準にはあるのがわかっているので、その意味では安心な作家なんだけど、一生懸命追いかける、ってほどファンではないんだよな。

でもこの本は意外なほど面白かった。カバー見返しに”文章は 飽くまでも 血の滲むような 一語一語の積み重ね である -スティーヴ”の文字。天性のストーリーテラーであり多作な作家の代名詞たるキングにしてこのセリフ。そう、意外なほど捻りも衒いもない、直球の自伝であり文章読本なんですわ。妻のタピサに助けられ、投稿-不採用を繰り返しながらも諦めずに書き続け、”キャリー”でとうとう一発当てたときの話だとか。小説におけるパラグラフの役割だとか。副詞を出来るだけ使わずに書け、だとか。或いは具体的な推敲のやりかた、どれくらい作品を寝かせてから第二稿に取り掛かるべきか、等々、その真っ当さに逆に面食らいつつ、なんというかこう、背筋が伸びる感じがしますね。

そうかあ。キングも苦労して書いてるんですねえ。なんだかうれしくなっちゃうね。安心するってゆーかさ。

それから、交通事故からの奇跡の生還の顛末「後記 人生の味わい」は、キングらしい淡々とした(それでいてちょっと皮肉でユーモラスな)文体で、書くことの意味について、改めて自身に問いかけていて、なんだか感動的です。文章は命の水である、と。そうか。なんだか勇気づけられるな。

具体的で実践的で、且つ哲学的な一冊。ええ本です。一読をお奨めします。

にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ →ポチっとクリックしていただけると大変ありがたいです。
にほんブログ村

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年5月 5日 (水)

【書評】歪み真珠 著者:山尾悠子

歪み真珠読了◎。山尾悠子の掌編小説集。

ゴルゴンゾーラ大王あるいは草の冠
美神の通過
娼婦たち、人魚でいっぱいの海
美しい背中のアタランテ
マスクとベルガマスク
聖アントワーヌの憂鬱
水源地まで
向日性について
ドロテアの首と銀の皿
影盗みの話
火の発見
アンヌンツィアスィオーネ
夜の宮殿の観光、女王との謁見つき
夜の宮殿と輝くまひるの塔
紫禁城の後宮で、ひとりの女が

全15篇を収める。

面白いです。独特の、端正で幻想的な世界。時間も場所もどこか曖昧な世界、なんだけど、描き出されるものごとは、鮮烈に印象に残る。寓話のような、SFのような、おとぎばなしのような。ある意味、リアルな世界とは対極にあるのに、話が、”作られた”ものでなく、そこに”ある”世界を描写したに過ぎない、というような存在感があるんだよな。いいなあ。

あまり似た作家を思いつかない。強いてあげれば稲垣足穂とか澁澤龍彦とか。幻想文学と呼ばれるような系譜に連なる方ではないかと。・・・Wikiで引くと阿部公房、倉橋由美子の系譜、みたいな解説がありましたが、それはちょっと違うと思う。最初っから何かを寓意して書くのと、ある”世界”の断片を描いた結果、何かが寓意されていることになる、っていうのの差というか。或いはもっと端的に手触りの差、ってことですけどね。

それから、”本”自体に関して言うと、これは所有する悦びを感じさせてくれる本です。装丁といい、紙質といい、文字と空白のバランスといい、とても趣味が良い。中身が詰まっている、完結した世界である、ということを、”本”という具体的なモノに結晶させてみました、みたいな。国書刊行会、ええ仕事してまんなあ。

(話は逸れるけど、こういう部分は電子書籍化できない部分だよな。例えば10分の1の値段でこの本をPDFでダウンロード購入したとして、この満足感と同じものを得ることが出来るか?いやそれはないな。)

これはクセになります。ってわけで、”山尾悠子作品集成”をオーダー。値段はちょっとアレですけど。

にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ →ポチっとクリックしていただけると大変ありがたいです。
にほんブログ村

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年5月 4日 (火)

【書評】フグはなぜ毒をもつのか―海洋生物の不思議 (NHKブックス) 著者:野口玉雄

フグはなぜ毒をもつのか読了○。サブタイトルは「海洋生物の不思議」。フグを始めとして、様々な魚介類がもつ毒(マリントキシン)を取り上げ、夫々の毒の持つ性質と毒化のしくみについて解説する。出てくる主な毒の種類は、フグ毒(テトロドトキシン)、パリトキシン(PTX)、麻痺性貝毒(PSP)、下痢性貝毒(DSP)、神経性貝毒(NSP)、シガテラ毒、コイ毒、テトラミン中毒、ドウモイ酸中毒、等々。

著者は長崎大学水産学部教授。1996年「魚介類のマリントキシンに関する食品衛生学的研究」で日本食品衛生学会賞を受賞した方だそうで。

NHKブックスにはありがちなパターンなんだけど、真面目な学者が真面目に書いた本、っていうことで、一種独特の世界になっています。よく言えば正確で厳密な記述。悪く言えばなんの愛想も面白みも無い。売れるとか売れないとか、受けるとか受けないとか、そういうことは全然意識していないんだろうなあ・・・って本。

そういう目で見ると、一応、第7章で”もしも毒が犯罪に使われたら”という、一般受けしそうな話題に振る努力の跡が見られますが、教授、あまり気乗りしなかったようで、僅か7 ページであっさり終わらせちゃってます。担当編集者の困った顔が目に浮かぶようだ(笑)。まあヘンに擦れて迎合的な科学本を書く学者より、信頼できる感じはするけどね。

個人的にウけたのは、テトラミン中毒について。テトラミンによるヒトの中毒量は数十ミリグラム。潜伏時間は約30分で、主な症状は頭痛、眩暈、船酔い感、足のふらつき、眼底の痛み、目のちらつき、吐き気、など。通常2-3時間で回復し、中毒は比較的軽く、死亡例は無い。北海道ではテトラミンがバイ貝の唾液腺に存在し、それを食べると中毒することはよく知られているが、この唾液腺を除去しないで販売している。その理由は?

このテトラミンによって、酒が二倍酔えるから、だって。冗談のような話ですが。うーむ。逞しいな。

にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ →ポチっとクリックしていただけると大変ありがたいです。
にほんブログ村

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年5月 2日 (日)

【書評】会社のお金を学べ!! (マジビジ11) 著者:坂口孝則

会社のお金を学べ!!読了○。帯のアオリ文句は、<あなたの”本気”を応援する「マジビジ」シリーズ第12弾!!欲しかったけど無かった。「社会人3年目」の視点で、テーマを選び、編集した新感覚のビジネス書、登場!>。

薄いんですぐ読めてすぐ書ける、って意味ではビジネス本はブログ更新のいいネタになってくれる。中でもこのマジビジというシリーズの薄さは格別。暇つぶしに、手当たり次第にマジビジの書評、ってのはどうかな?・・・それはそれで飽きそうだから却下。

MISSION 1 会社の数字を知っておかないといけない理由
MISSION 2 商品の原価の謎を解け! 【管理会計の基本】
MISSION 3 決算書の基本を学べ! 【財務会計1 :損益計算書】
MISSION 4 決算書で会社のウラを読め! 【財務会計2 :貸借対照表】
MISSION 5 家計簿感覚で会社のお金を把握せよ! 【財務会計3 :キャッシュフロー計算書】
MISSION 6 常に利益を意識せよ! 【応用編:管理会計+財務会計】

MISSION 1が”会社の数字を知っておかないといけない理由”から始まっているってトコが、このシリーズの特徴をよく表しているねえ。ソコからかい!みたいな。んで、本文の中身は物凄く易しく。うん。この思いっきり削りに削ったトコが、いいよな。広く浅く、敷居をとことん下げる。これまで読んだこの手の本(会社の数字を云々、とか、決算書の読み方云々、とか)の中では簡略化度ナンバーワンだと思う。ふつう、もうちょっと色々と開陳したくなるもんなんだと思うんですよ。薀蓄を傾けたくなるもんだと。

普通の”本”だと、書き手は、その誘惑に勝つのは難しい。著者としてのある種の見栄が、邪魔をするんだと思うんだ。ところが、①社会人3年目向けの、②薄い新書、装丁は③このマンガっぽい感じ、っていう強力な縛りが掛かると、バッサリやれてしまうんだなー、とヘンなトコで感心。そういう意味では、このマジビジというシリーズは、他のビジネス本との差別化には成功しているんだと思う。

で、バランスを取る意味で、次に進みたいヒト向けに、ブックガイドがちゃんと巻末に用意されているのは良心的ですね。そこでいきなり「クルーグマン マクロ経済学」を紹介するのはちょっとどうか、と思わなくもないが。

ま、帯のアオリ文句的には、ワタシは対象外なんで、書評を書く意味があんのか、っても思うんですけど、読んだら書く、ってのがルールなんでなあ。

にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ →ポチっとクリックしていただけると大変ありがたいです。
にほんブログ村

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2010年4月 | トップページ | 2010年6月 »