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2010年4月11日 (日)

【書評】鳥羽伏見の戦い―幕府の命運を決した四日間 (中公新書) 著者:野口武彦

鳥羽伏見の戦い―幕府の命運を決した四日間 (中公新書)読了◎。鳥羽伏見の戦いで旧幕府軍は破れ、徳川家の凋落は決定的なものとなった。結果を知る我々は往々にしてこの結果を歴史の必然として見てしまう。しかし本当にこの敗戦は避けられないものだったのか?根本資料を丹念にあたって再構成し、戦況を時々刻々と変化するものと捉える視点を持つことで見えてくる様々な可能性の数々。

プロローグで述べられてますが、歴史にIFはない、なんてことをいうけれど、そもそもこの言葉はどこの誰が言い出したのか、出所不明なんだそうで。だよなあ。”歴史的必然”というフィクションに頭を乗っ取られた俗流史観のなれの果ての戯言だ。第一、それじゃあ面白くないじゃん?想像する楽しみってものがないよね。

ってわけで鳥羽伏見の戦い、面白いです。4日間の戦闘の模様ををドキュメンタリタッチで追い、旧幕府軍側の戦略・戦術上のミスを指摘していく。それは実に逸機①から逸機⑤に及ぶ。

逸機① 戦闘第1日目午後7時。維新軍は鳥羽方面の兵員配置で手一杯であり、7時過ぎまで竹田街道には一隊も配備していなかった。会津の白井隊が虚報に惑わされず竹田街道を進入路に選べば、容易に入京の上、鳥羽街道防衛の薩軍を右背から包囲攻撃して破砕することが出来たであろう。 

逸機② 戦闘第2日目。薩長両軍の追撃は富ノ森南方で会津の反撃に遭う。思いがけぬ反攻で薩長軍は下鳥羽まで後退、旧幕府軍は富ノ森陣地を奪還する。しかし現地総大将の竹中重固は勝機に乗じてあと一押しすることが出来ない。時を移さず追尾して反攻すれば局面はわからなかった。

逸機③ 戦闘第2日目。宇治を迂回して新政府軍の本営桃山の背後を衝く作戦が立てられた。しかし任に当たったのは会津の白井五郎太夫隊のみ。もともと兵数の少ない新政府軍はこの方面は手薄だったのである。宇治迂回作戦はお座なりに一隊を出すのでなく、思い切ってもっと兵力を投入する価値のある作戦であった。しかも、そこへ鳥羽の戦に敗れた大兵が退却してくるや方針をガラリと変え、作戦を撤回している。

逸機④ 戦闘第4日目。そもそも最初の軍配書の段階で山崎街道へ兵力を割かなかったのは非常に大きな戦略的手抜かりであった。一隊でも配備されていたら、藤堂家は旧幕府軍の味方になるつもりだったのである。一月四日の朝でもまだ間に合った。だが若年寄塚原但馬守はその手配を怠った。その結果、藤堂家の裏切りを招き、戦線は総崩れとなる。

逸機⑤ 慶喜の大阪城放棄。これまで数えてきた逸機の最後にして最大のもの。もしここで持久戦に持ち込んで数ヶ月耐えれば、形勢観望の諸藩も動揺し全国の形勢はどう転じるか予断を許さなかったであろう。

あーあ。なんだかなあ。指揮官が無能無責任だとそりゃ勝てないわなあ。ホント勿体ない。

何が勿体ないかってーと、この本のあとがきにある、鳥羽伏見の戦いの敗北が閉ざしてしまった、ありえたかもしれない日本の姿が、勿体ないのよ。

その一、公議政体への道。大政奉還の建白中にあった「広く天下の公議を尽くし」という一句に示された公議政体は薩長勢力のクーデターによって空文となり、現実に樹立されたのは薩長勢力が要職を独占する専制政体であった。

その二、天皇制抜きの近代日本。日本の近代化は必然であったが、それが天皇制とセットになることまでは不可避ではなかった。徳川家主導の独自の近代化においては、天皇を統治機関に引き入れる仕掛けを創ることには慎重だったに違いない。天皇の”神聖にして侵すべからざる”呪力がその後の歴史に与えた影響を思うと・・・。

ってわけで、ダイナミックに歴史のIFを楽しみたい方、ただの大風呂敷ではありません、コツコツと実証を重ねた上での、本物の想像力の翼ってヤツに触れてみたい方、一読をお奨めします。

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