« 【書評】方向音痴の研究 著者:日垣隆 | トップページ | 【書評】「松代大本営」の真実-隠された巨大地下壕 著者:日垣隆 »

2010年3月21日 (日)

【書評】日本の難点 著者:宮台真司

日本の難点読了◎。 良くも悪くもなにかと物議を醸す、社会学者宮台真司による、”宮台版・日本の論点”。ってことになってますけど、寧ろ、”日本”という身近で具体的な題材を使って、最新の社会学の学説・理論を紹介し、その理論の切れ味を試してみる本。であり、と同時に、その学説・理論の入手元と、使用上の注意を併記した、初心者向けガイド本且つ入門書。

第一章 人間関係はどうなるのか-コミュニケーション論・メディア論
第二章 教育をどうするのか-若者論・教育論
第三章 「幸福」とはどういうことなのか-幸福論
第四章 アメリカはどうなっているのか-米国論
第五章 日本をどうするのか-日本論

この社会を論じる、というよりも、この社会を論じるための最先端の枠組みを紹介する。14歳からの社会学の書評でも書いたが、この人のそういうスタンスは一貫して変わらないんだよな。飢えている人に食べ物を与えるのではなく、食べ物を得る方法を教える、みたいな。うーん、頼れるアニキだぜっ!

まえがきには、どれかの章だけを取り出して読んでもわかるようにしてある、って書いてありますが、どうかな?それこそまえがきから始めて、書いてある順番どおりに読むべきでしょう。「XX論」ってタイトルを見ると、XXの現状はこうである、或いは、XXはこうあるべきだって話だ、と、半ば自動的に思うじゃないですか。必ずしもそうではないからね。では何かって言うと、社会システム理論をXXに適用すると、こう見える、って話。変奏曲ですから、順番に聴いたほうが味わい深く聴けます、ってこと。

それだけではただの評論家ではないか、当事者としてなんとかしろよ、とか言うヤツを相手にしている暇はない。ネタを積極的にバラして、そのような視線でこの社会を見ることが出来る人間を増やし、その数が臨界点を超えた暁の社会の変革に期待する、そういう遠大な革命戦略なんだろうなあ、と想像します。とにかく面白くて一気に引き込まれます。取り敢えず一読をお奨めします。

にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ →ポチっとクリックしていただけるとたいへんありがたいです。
にほんブログ村

メモ書き。
政治を評価する価値のものさしの収斂。1994年頃からスタート、2001年9.11へ。
1.多文化主義の否定。残虐なものは普遍的に残虐だと主張したい。
2.しかし普遍的なものは相対的に普遍的であるに過ぎないことを知っている。
普遍主義の理論的不可能性と実践的不可避性。相対主義の否定が不可能だと知りつつ相対主義を「あえて」否定するしかない現状。

キーワードは「社会の底が抜けた」。社会が取ってるその形の恣意性、これを乗り越える或いはやり過ごす装置が壊れてしまった。社会システム理論の言葉で言えば<システム>の全域化による<生活世界>の空洞化。

社会システム理論の立つ立場。どんな社会も「底が抜けて」いることを、諸個人の意識に還元せずに、諸個人の意識の前提となる何ものかを、システムの概念で記述する。

ポストモダン。誰もが社会の”底が抜けていること”に気づいてしまうこと。

郊外化。<システム>(コンビニ・ファミレス的なもの)が<生活世界>(地元商店街的なもの)を全面的に席巻していくこと。

境界線の恣意性について(20世紀的=相対主義的=素朴に信じてはいけない=コミットメントの梯子外し)。コミットメントの恣意性について(21世紀的=それを知りつつなおコミットメントせよ)。

フーコー。初期ギリシアのポリスの没落とストア派の美学。この反復は何故起きるのか。この反復が最近起こったのは何故か。「作為の契機(人が作ったという自覚)の不在」。自明性(米国の自明性、日米安保体制の自明性、日本の存続可能性の自明性、等々)が崩壊し、国土保全=社会保全=コミットメントを通じた政治共同体の保全を自覚せざるをえなくなった。

自己決定という概念。人倫の世界では因果性の帰属ではなく選択性の帰属として、主体性=自己決定性が認定される。選択性の帰属は社会的文脈を参照した慣習的な象徴操作としてなされる。(自己決定性は単純な自己原因性ではない。)優先路での事故1/10責任の例を挙げて。絶対に回避できなかったことを証明できないから。意思出来るのに敢えて意思しなかったと看做す。過失不作為という作為があったと。

共同性や伝統(コミュニタリアン)、と、自己決定(リベラリズム)。どちらも非自明である。という認識。再帰性の増大=底が抜ける。がゆえに、どちらも矛盾しなくなる。するも選択、せざるも選択。

原罪譚にある必謬性。境界設定の恣意性(空間)、因果理解の恣意性(時間)。

ヘブライズムとヘレニズム。

日本の自殺率の高さについて。地域社会の包摂性と家族関係の包摂性の崩壊。

卓越主義的リベラリズム。と社会システム理論。

<生活世界>を生きる「我々」が便利だと思うから<システム>を利用するのだ、というのがモダン(近代過渡期)。<システム>が全域化した結果、<生活世界>も「我々」も所詮は<システム>の生成物に過ぎないという疑惑が広がるのがポストモダン(近代成熟期)。

社会よりも世界が大きいという観念は社会システムの内部イメージである。(免疫学・神経学から登場した”内部イメージ”という概念に注意)

格差社会が悪いのでなく、格差によって個人が直撃される非包摂的な社会が悪い。

包摂/排除。比較可能化→序列化→社会的排除→循環的固定。

近代はそもそも再帰的だが、再帰性への気づきのない状態がモダンで、気づき以降がポストモダン。

クルーグマン、空間経済学。

社会学とは。「みんなという想像」と「価値コミットメント」についての学問。

|

« 【書評】方向音痴の研究 著者:日垣隆 | トップページ | 【書評】「松代大本営」の真実-隠された巨大地下壕 著者:日垣隆 »

140 新書」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 【書評】日本の難点 著者:宮台真司:

« 【書評】方向音痴の研究 著者:日垣隆 | トップページ | 【書評】「松代大本営」の真実-隠された巨大地下壕 著者:日垣隆 »