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2010年3月29日 (月)

【書評】そして殺人者は野に放たれる 著者:日垣隆

そして殺人者は野に放たれる読了○。法曹人にとって不可解で異常な犯罪であればあるほど、刑が減免され或いは不起訴となる。刑法39条(1項、心神喪失者の行為は、罰しない。2項、心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する。)によって著しく歪められた日本の刑事裁判の現状を暴く。

”正義”はどこに行ったのか。読めば読むほど、一種独特の絶望感が漂うなあ。刑法の根本には応報刑の考え方、犯罪抑止の機能なんかがあるはずだよね。司法関係者に、そのことに関する自覚がない。社会的に求められる機能を果たしていないんだよな。それどころか社会的な機能を果たすために、や らなければならない職務、事実を明らかにすること、それも果たしていない。精神鑑定の結果が全てか。どう なっているんだ。

結局、”正義”を行うことはどうでもいいと。そういうことなんですね?ただ前例に基づいて条文を解釈し事件に当てはめていくだけなんだよな。今や判決文も手書きじゃないだろうから、コピペで全部行けちゃうんだと思うんだよね。やんなっちゃうな。

裁判官の非常識ってだけの話じゃない。本書中に司法改革の挫折について書いてあるけど、つまり日弁連もある意味、共犯なんだね。穿った見方をすると、弁護士にとっ て、加害者は弁護を依頼してくる”客”だが、被害者(とその家族)は”客”じゃない。”客”のニーズに応える(即ち、刑の軽減或いは無罪を勝ち取る)ためには、手段を選ばな い。ってことですね。そのために役に立つ飛び道具39条は、温存しておくと。なくさせないと。

ああもう、いらいらするなあ。この理不尽な感じ、無力な感じ。読めば読むほど。でもね。これ、なんとかするには、ちゃんと読んで世論の圧力で刑法改正に持っていくしか、ないんだよね。綿密な取材、長期に亘り一つのテーマを追い掘り下げる努力、幅広い背景知識の使いこなし、考え抜かれた強靭な論理展開、ルポのお手本のような良書です。一読をお奨めします。

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2010年3月28日 (日)

【書評】少年リンチ殺人-ムカついたからやっただけ 著者:日垣隆

少年リンチ殺人-ムカついたからやっただけ読了○。第一部、1994年6月29日深夜、長野県池田町で起きた事件。1人に対して8人で暴行。第二部、1997年11月7日深夜、長野県松本市で起きた事件。1人に対して15人で暴行。二つの事件に登場する人物はそれぞれ全く、面識も繋がりもない。にも拘らず、事件の構図はとてもよく似ている。いずれの事件も被害者の少年は常識では考えられないほどの暴力に曝され死亡。一方加害者の少年らは少年法に護られ、不起訴若しくは微罪或いは事情聴取のみで逮捕すらされない等々ですぐに娑婆に戻っている。

加害者と加害者の親にも何度も綿密な取材を行い、裏づけの取れた事実だけを用いて時系列に沿って事件を再現。その凄惨さに愕然とする。これが第一のショック。そして、事件のその後の取り扱い、加害者の少年たちの手紙、親の対応、等々の非常識ぶり。これが第二のショック。そして集団リンチの件数、等々の統計資料の意味するところ。いつでも起こりうるのだと。自分の子供が被害者にも加害者にもなり得るのだと。これが第三のショック。それから、一向に進まぬ少年法の改正に向けての動きの現状、これが第四のショックか。

なんというか、やりきれない気持ちになるよな。読めば読むほど。胃の辺りがおもーくなってくるような。何度ももう読めない、って放り出しそうになるが、必死に耐えて続きを読む。

文章は淡々としていて、過剰に煽ったり感傷的になったりはしない。それゆえに一層事件の凄惨さが際立つ。良くぞここまで調べたな。

同じ著者の「そして殺人者は野に放たれる」と併せて読むと、元凶が少年法にあるにせよ、刑法39条にあるにせよ、被害者(とその家族)の人権無視の日本の現状が良く分かります。読んで楽しい読書ではないが、読んでおかねばならない本だと思います。

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2010年3月27日 (土)

【書評】ラクをしないと成果は出ない 著者:日垣隆

ラクをしないと成果は出ない読了○。最強のジャーナリスト日垣隆が、自身の豊富な体験から得られた法則を惜しみなく開示し、生産性を飛躍的に増大させる具体的な方法を伝授し、併せて人生を楽しく充実したものにするためのちょっとした発想の転換を提案する。

ある意味ビジネス本の王道を行く書物です。10の分野に亘って、100個のノウハウが見開きで語られる。ビジネス本を読むと毎回思うんだけど、書いてあることをふんふん、と読んで終わりでは意味がないよね。エッセンスを把握して自分の中にすぐに取り出せる形で仕舞っとかないと、実際には使えないからね。んで、記憶のために、私なりに背景となる思想・原理を要約すると、1.アウトプット重視、2.具体化する(数値化する)、3.無駄なトコロは省く(切る)、4.やってみる(まねをする)、5.継続する、6.技法(専門性)を持つ、7.余裕(遊び)を持つ、ってトコでしょうか。フックはせいぜい7個程度でないと覚えらんないからな。

もちろん、こうした原理が先にあって、それの応用として個々のノウハウが書かれているわけではなく、夫々のノウハウは最初からその形で出てきているのですが、夫々のノウハウを貫く思想的背景を敢えて抽出すれば、ってことです。こう要約しちゃうとなんだか味気ないし目新しさもなくなっちゃうんだけど、この本が面白いのは、これらの思想を、もっと拡大して徹底して使ってるからなんだと思 う。その意表のつき方が面白いってのもある。実用的且つ面白い。ってわけで、取り敢えず、一読をお奨めします。

さて、今手許にこの本がない状態で、印象に残っているのは、「クレームは10%が成長のヒントになり、90%が時間の無駄」「アウトプットを前提とする」「書棚1本(300冊)読めば本が一冊書ける」ってあたりかな。我ながらキャパちいさっ。3つかよ。ま、しゃあないな。

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2010年3月25日 (木)

【書評】世界一利益に直結する「ウラ」経営学 著者:日垣隆・岡本吏郎

世界一利益に直結する「ウラ」経営学読了◎。カリスマコンサルタント岡本吏郎と最強のジャーナリスト日垣隆の組み合わせによる、金儲けと商売と資産作りに関するヒント満載の対談集。会社経営の常識と定説と思い込みを、踏み越えひっくり返し蹴飛ばす!

そうなんだよねぇ。経営学とか会計学とか、学問として考えるとアレですけど、結局基本は商売であり取引でありお金儲けなんだよなあ。学問として考えちゃうと間違えるよな。私みたいなタイプの人間は殊にそう。ケーススタディを通じて抽出された理論とか、財務諸表の意味するところとか、そういう「オモテ」に騙されちゃう。間違えちゃうんですわ。立派な本とか読むと特にね。でも肝心なのは実際に商売をうまく廻すことであってね。経営学なりを勉強するそもそもの動機は、そこにあるんだよな。その商売、お金儲けに関するナマな知識や情報、そこんトコを扱いますぜ、ってのが「ウラ」、なのだと理解。

この本はソコんとこをズバリと衝く。学問としてやるんではない。商売だと。客を摑まえて何ぼだと。その上で、どうやって客の気を惹き、客の中での順位をあげるか、を考える。また、そうやってポイントを絞って考えるから、業界の常識とかしがらみとかをぶっ壊す発想が出てくる、そのためのヒントが満載。その一貫したスタンスがいい。

はじめに 不況なんてKUSOKURAE!自ら道を切り開いてゆくしかない
第1章 <間違いだらけの会計常識>だからあなたは儲からない
第2章 <価格常識のウソ>安売りは自分の首を絞めるだけ
第3章 <資産づくりの勘違い>財産と思ったら負債だった!?
第4章 <掛け算の経営戦略>衰退産業にこそチャンスが眠っている
第5章 <経営者の資質>この社長なら会社は安心か?
第6章 <ビジネスの落とし穴>格差社会で抜きん出るには
あとがき 日垣さんと対談した結果私はもっと働きたくなった!

読んで面白い、ってのがいいよな。んで、元気になる。この本に書いてある内容は、どっちかっていうと中小企業の社長あたりが読んで一番役に立つかな、って思うけど、今やサラリーマンもいわば個人事業主みたいなもんだからなあ。逆に言うと得意分野と顧客を持ってある程度自由にやれる立場さえ確保してしまえば、いろいろ応用できる気がするんだよね。会社に献上する利益はいわば税金みたいなもんでさ。それをどうやって節税するかという、そういう・・・。あ。書いてあるアイデアをパクッて、いろいろやってみたくなってきたぞ。しめしめ。

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2010年3月23日 (火)

【書評】「松代大本営」の真実-隠された巨大地下壕 著者:日垣隆

「松代大本営」の真実-隠された巨大地下壕読了○。信州松代市一帯に、旧日本軍の掘った大地下壕がある。一般に松代地下大本営跡と呼ばれ、大東亜戦争末期、大本営を松代に移して徹底抗戦をするための基地として作られたものとされてきた。膨大な一次資料を丹念にあたり、断片的な情報を繋ぎ合わせることで、松代大本営の生まれた経緯と、表向きの歴史から抹消された朝鮮人強制労働の実態を浮かび上がらせる労作。

倒叙ものの推理小説を読むようです。序章で、この本が書かれるに至ったいきさつが語られる。即ち、マツシロの戦前と戦中と戦後のありかを、しかと検証しな いことには自らの存在証明が出来ない、そんな生い立ちの女性との出会い。その半生で語られる様々な事実は、しかし公式な記録からはすっぽりと抜け落ち、或 いは歪曲されている。志を引き継ぎ、歴史の闇に光をあてるべく、本書は書かれた。

驚くほどストイックだ。まずはその取材に関して。巻末、285頁から258頁まで、34頁に亘り挙げられた文献資料の山。これ、全部読むの大変だったろうなー。大半は僅か一行から数行の言及を探して古びた記録や台帳を掘り起こし解読していく作業を思うと、気が遠くなる。

そして、その構成に於いても。定説を疑い、孫引をせず、裏づけの取れる第一次資料のみを使い、関係者へのインタビューを惜しまず、時間を追って克明に事実を再現していく。

また、その表現に於いても。隠蔽されてきたものを暴く筆致は、力強くはあるが扇情的になることはなく、定説をひっくり返す発見を淡々と記す。そこにはプロパガンダも自慢もない。あるのはただ事実を明らかにするという使命感。

その徹底的な姿勢に脱帽です。今までガッキィのファンを自認する割りに、メインの著作である本書とか”少年リンチ殺人”とか、重いテーマのものは巧妙に避けてきてたんですわ。んで、レファ本とか、そういうハウツーもの、敢闘言みたいな短いものを好んで読んでいたんです。んでも今回よんどころない事情があってガッキィ本まとめ読み中。やはりこの熱く静かに詰めに詰める部分を抜かしては、ファンもなにもないよな。今まで読んでなくてごめんなさいです。なんというかこう、背筋が伸びます。未読の方、一読をお奨めします。

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2010年3月21日 (日)

【書評】日本の難点 著者:宮台真司

日本の難点読了◎。 良くも悪くもなにかと物議を醸す、社会学者宮台真司による、”宮台版・日本の論点”。ってことになってますけど、寧ろ、”日本”という身近で具体的な題材を使って、最新の社会学の学説・理論を紹介し、その理論の切れ味を試してみる本。であり、と同時に、その学説・理論の入手元と、使用上の注意を併記した、初心者向けガイド本且つ入門書。

第一章 人間関係はどうなるのか-コミュニケーション論・メディア論
第二章 教育をどうするのか-若者論・教育論
第三章 「幸福」とはどういうことなのか-幸福論
第四章 アメリカはどうなっているのか-米国論
第五章 日本をどうするのか-日本論

この社会を論じる、というよりも、この社会を論じるための最先端の枠組みを紹介する。14歳からの社会学の書評でも書いたが、この人のそういうスタンスは一貫して変わらないんだよな。飢えている人に食べ物を与えるのではなく、食べ物を得る方法を教える、みたいな。うーん、頼れるアニキだぜっ!

まえがきには、どれかの章だけを取り出して読んでもわかるようにしてある、って書いてありますが、どうかな?それこそまえがきから始めて、書いてある順番どおりに読むべきでしょう。「XX論」ってタイトルを見ると、XXの現状はこうである、或いは、XXはこうあるべきだって話だ、と、半ば自動的に思うじゃないですか。必ずしもそうではないからね。では何かって言うと、社会システム理論をXXに適用すると、こう見える、って話。変奏曲ですから、順番に聴いたほうが味わい深く聴けます、ってこと。

それだけではただの評論家ではないか、当事者としてなんとかしろよ、とか言うヤツを相手にしている暇はない。ネタを積極的にバラして、そのような視線でこの社会を見ることが出来る人間を増やし、その数が臨界点を超えた暁の社会の変革に期待する、そういう遠大な革命戦略なんだろうなあ、と想像します。とにかく面白くて一気に引き込まれます。取り敢えず一読をお奨めします。

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2010年3月19日 (金)

【書評】方向音痴の研究 著者:日垣隆

方向音痴の研究読了○。方向音痴と非方向音痴のあいだには、想像以上に深い溝がある。自身も重度の方向音痴である(あった)著者自身による、”方向音痴”をキーワードとした対談集。TBSラジオ「サイエンス・サイトーク」で放送されたインタビューの書籍化。全盲の社会学者や、魚の回遊研究の第一人者、或いは、カーナビの技術開発者や、空間認知を研究する心理学者など、移動と方向認知に関わるユニーク且つ広汎な人選で、様々な角度から方向音痴に光を当て、方向音痴の人々に福音をもたらすと同時に、非方向音痴の人々に”方向音痴”についての科学的な理解と共感を生む。

目次はこんな感じ。
第1話 全盲の社会学者が行く 石川准
第2話 動物の脳内地図 青木清
第3話 カーナビ開発秘話 西脇正治
第4話 デジタル地図革命 林秀美
第5話 方向音痴のメカニズム 山本利和

良くも悪くも研究書でなくて対談集。ガチで方向音痴を研究した本ではありません。それを物足りないと思うか、その意外な話の広がりを楽しむか、は人それぞれでしょうな。個人的にはちょっともの足りなく、でも、そこそこ面白い、ってトコ。まあこのテーマこの体裁でガチの研究書を期待する人もそうそういないと思うので、妥当なセンですかね。

ガッキィが方向音痴だって話は、これまでにも何度か自身の著作の中で触れられていたので知ってました。ちょっと意外だよな。なんとなくジャーナリストって人種は方向音痴ではない、って思い込みがあったよ。特にガッキィはイラクツアーを主催したりしてたじゃないですか。普通に考えると、方向音痴な人にはまず無理な企画だったように見えるけどね。とても怖くて企画できないような気が。でもそれをやっちゃうトコがガッキィのガッキィたる所以か。凄えな。

私自身も重度の方向音痴です。自宅近辺で迷う、何度も行ったことのあるところで迷う、地図と磁石を持ってても迷う、どれもこれも思い当たりまくり。そんな私も、最近はiPhoneのお陰で人並みな活動が出来るようになった(その模様はこちら)。良かった良かった。・・・こないだそれでも迷ったけどな。バージョンアップでiPhoneのGPS精度が上がったら、オレ速攻買い換えると思う。

まじめに方向音痴の治療、って観点からは第5話が役に立ちます。振り返って帰り道の映像を予めイメージとして焼き付ける習慣、とか、始点と終点との位置関係を常に把握する努力をする、とかのアドバイス。方向音痴でない人には何を今更、なんでしょうけどね。

軽く読める、ええ本です。一読をお奨めします。

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2010年3月15日 (月)

【書評】実践ガイド なんとか会社を変えてやろう―企業風土改革の進め方 著者:柴田昌治

実践ガイド なんとか会社を変えてやろう読了○。サブタイトルは「企業風土改革の進め方」。日本での”改革”に於いては、「波風を立てない」「言ってもムダ」といった、組織の風土・体質の根深い問題が障害となることが多い。分権化や実力主義転換等、組織再編や制度改革を断行すること自体はそれほど難しいことではないが、風土・体質の転換なくしては成功するはずはないのだ。実際に風土改革を行う上でのポイントを分かりやすく解説し、単なるポジティブシンキングや意識改革手法、或いはボトムアップの革命との違いを明らかにする。

序章 意識改革では変われない
第一章 問題を見えやすくするには
第二章 風土・体質を変えていくプロセス
第三章 気楽にまじめな話をする場づくり
第四章 キーマンと人材育成
第五章 人事制度と組織の改革
第六章 責任の明確な意思決定ルール
第七章 今の日本に必要なものは
終章 なんとか会社を変えてやろう

立ってるスタンスがいいよな。きれいごとでは済まない日本の会社の現実をキチンと踏まえたうえで、どうやるべきかを論じている。会議では表向きの発言しかしない、とか、不用意な実力主義は単なる足のひっぱりあいになる、とかのな。これをちゃんと認めた上で、議論をしていくというスタンス。これ、ありそうでなかった本かも。

そうなんだよ。教科書どおりにはいかないんだよ。ドロドロしてるんだよ。ナマナマしいんだよ。会社ってのはな!なにしろ皆さん生活が掛かってますからねぇ。裏もあれば表もある。本音もあればタテマエもある。欲もあれば嫉妬もある。ホントにそうだ。オレ、最近漸くそのことが身に沁みたっていう感じだよなあ。それは私自身の問題(アスペルガー的視野の狭さ)なんだけどね。

で、この本。「波風を立てない」とか「言ってもムダ」とか、如何にも日本的な言い回しでその現実を捉えつつ、意識改革とかの、一種の精神主義に逃げず、現実的にどう対処するかを考えていくわけですね。とても上手にバランスを取っているという印象を受けます。オレ自身がどっちかというと極端な性格だから、こういう、上手にバランスを取るという才能に憧れる、っていうのを差っ引いても、これはビジネス本としてはなかなか良い本だと思います。他の著作も読んでみるかな。

んで、さて、いろいろ試してみような。これからな。うん。ちょっとわくわくする感じだ。

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2010年3月13日 (土)

【書評】巡礼 著者:橋本治

巡礼読了◎。吉田婦人である美咲の家の、道路を挟んで向かい側に、ゴミ屋敷と呼ばれる家がある。男が一人で住んでおり、ゴミを集めてきては敷地に溜め込んでいる。保健所にゴミを捨てろと言われれば、これはゴミではないという。そうなると保健所は手を出せない。悪臭に耐えかねて抗議をしても、取り合わない。美咲は知らないが、その場所には嘗て、丸亀屋という屋号の商家があり、普通の生活が営まれていたのだ。いったい何があったのだろう。男は何をしているのだろう。男はどうしたいのだろう・・・。

第一章 ゴミ屋敷
第二章 家族
第三章 巡礼

昭和だ。歴史だ。時代の雰囲気だ。オレの親がちょうど主人公の忠市と同年代くらいだよ。んで、商家の跡取りで。ヨメを貰って。ヨメと姑の確執があって。商売がうまくいかなくなって。こういう感じで”時代に翻弄”された世代だよなあ。ここに書いてあることはほぼそのまま当てはまるんだよな。オレも一歩間違えたら(即ち大学へ行くことで東京に出てくるってことがなかったら)、商家の跡取りとして”イエ”継いだりしてた可能性もあった訳で、そう思うとなんだか身につまされるというか。次に何が起こるかなんとなくオレは知っている、というか。んで、ホントにここに書かれているような事件は確かに起きた。脳溢血で倒れる父親、道路拡張の噂、住民の変化、商売替えの計画。どれもあった。あったぞ。ホントにあった。確かにあったのよ。

しかしその”時代の再現力”は凄いね。ツボを衝いている。これは橋本治にしか書けない小説、だよなあ。ある時代を俯瞰して、その時代が個人の生活に影響を及ぼさずには措かなかった、その流れの最も大きな部分を捉える。と同時にその流れの中の個人の心の中を再現する。本人が曖昧にしか認識していない部分を”曖昧にしか認識していない”まま再現する。参りました。脱帽です。

読んでさあ、オレ親のことを思い出したんだよな、久し振りにな。父親は脳溢血で倒れて右半身不随。母親はちょーっとアルツハイマー気味。でもなんとか二人で暮らしている。そんな二人が生きてきた時代が、ここにちゃんとオレにもわかるように再現されているんだよね。変な話ですが、読まなきゃオレわかんなかった。いろんなことが。そういう”時代”だったってことが。その”時代の歪み”みたいなものが人生にある種理不尽な影響を与えて、そして今があるということが。

そしてね、それだけじゃない。それを知らず、”現在の目”で見ている、例えば”美咲”の世代、今という時代もまた、同じようにある種のバイアスが掛かっていて、人々は自分で は気づいていないが実はその中で翻弄されているだけなのだ、ということをも相対的に浮き彫りにする。

ちょっとこう、冷静には読めない感じですがな。こういう効き方もあるんだな。ちょっと特殊な小説です。オレらの世代、オレらの親の世代にとっては特に。微妙に重く、微妙に哀しく、微妙にやるせない。うん。一読をお奨めします。

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2010年3月12日 (金)

【書評】東大の教室で『赤毛のアン』を読む 著者:山本史郎

東大の教室で『赤毛のアン』を読む読了○。副題は「英文学を遊ぶ9章」。東大の英文学の教授による、”イギリス児童文学入門”であり、”19世紀イギリス小説作品読解入門”であり、更には”論理的な思考による立論のやり方入門”。

取り上げられている作品とテーマは以下のとおり。
1 場面のポイントを読み取る-駅長は何故孤児を隠していないのか?・・・赤毛のアン
2 伝統を読み解く-主人公はなぜ「押し入り」なのか?・・・ホビットの冒険
3 英語で遊ぶトールキン-ユーモアはファンタジーを破壊するか?・・・ホビットの冒険
4 『赤毛のアン』の謎-村岡花子はなぜ「マリラの告白」を訳さなかったのか?・・・赤毛のアン
5 『アン・オヴ・グリーンゲイブルズの謎』-モンゴメリーはなぜ「マリラの告白」をカットしなかったのか?・・・赤毛のアン
6 語り手の謎-語っているのはどんな人?・・・高慢と偏見
7 さまざまな視点-笑うべきか泣くべきか、それが問題だ!・・・大いなる遺産
8 名作と映画-映画はどこまで原作を裏切るか?・・・ジェイン・エア
9 プロットを評価する-『ジェイン・エア』はオカルト小説か?・・・ジェイン・エア

各章は、テーマの背景ついての説明と、例として取り上げられた作品の英文とその翻訳、それからゼミでの学生とのやりとりを模した解説、の3つで立体的に構成されていて、判りやすく読みやすい。著者の仕掛けに乗って、謎解きを楽しむような感覚で読み進むことが出来ます。引用されている英文もごく短いもので、単語の註もついており、特に英語力がなくても、読むのに困難を覚えるということはないでしょう。

”小説には書き手である作者の意図が反映されている”、という前提から出発して読むことで、見えてくるものがある。それこそたった一つの単語の選ばれ方からでも、作者の言いたかったこと言えなかったこと、等々が浮かび上がってくる。手掛かりを探し、証拠を集め、論理的に追究していく。推理小説のようにね。この本の面白さは、そこにあります。一読をお奨めします。

19世紀のイギリス小説か。ディケンズとかブロンテ姉妹とかですな。オレ意外とそのあたり読んでないなぁ。そういえば文学刑事サーズデイ・ネクストでも舞台はジェイン・エアだった。”みんな読んでて知ってる”って前提があるからああいうパロディが成立するわけで。あれモトを知ってた方が面白かったんだろね。

さあこれでまた読みたい本のリストが長くなったぞ。どうしたってこれは時間が足りないよな。アーリーリタイアして読書三昧、してみたいなあ。・・・しかし人はそれをリストラ或いは引きこもりと呼ぶかも。はっは。

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2010年3月 9日 (火)

【書評】人間の建設 著者:小林秀雄、岡潔

人間の建設読了◎。元々は1965年に出版されたもの。評論家小林秀雄と数学者岡潔の対談。内容は、例えば相対性理論から教育問題まで、或いは俳句からドストエフスキーまで、それとも日本酒から絵画まで、等々、多岐に亘る。

誰のつぶやきだったか、もう忘れちゃったけど、Twitterでこの本を紹介している文章を見かけ、ありていに言えば雑談だけど、その雑談がハイレベルで・・・、みたいなことが書いてあり、あ、面白そう、ってんで読んでみた。いや確かにハイレベルな雑談だ。面白い面白い。

1965年って、オレ、3歳だったわけでな。もう、大昔だよなぁ。

”昔の日本人”の一本芯の通った感じがなんとも心地よいです。ご両人とも。お互いへのリスペクトがお互いへの好奇心となり、数学について或いは文章について、ツッこんで訊いていくあたり、そしてそれに明晰に答えていくあたり、なんだか読んでてわくわくしますね。

岡潔さんの問題意識、「知で納得しても情が納得しなければ納得したことにならない」だとか、絵の調和・不調和は胃の生理に結びついているのではないか、だとか、心についての計算理論とか進化心理学的な切り口に近いトコを衝いているように見えるな。すごい。何年先行している?

さて、話はあっちこっちへ飛び、してますけど、中心にあるのは、表題になっている「人間の建設」についての興味というか関心というか、危機感でしょう。教育問題ですね。特に岡潔さんが、”個性”について「個性はみな違っているが、他の個性に共感するという普遍的な働きを持っている。それが個性の本質」って発言を、不思議だがそうなのだ、という立場でしきりと喋られる姿が、とても印象的です。

逆に、物質と精神についての対話の部分は、その後の脳科学の研究の成果に鑑みて、む、もうその論証は古いのでは、的な部分もあったりするのですが、言いたいことは理解出来るのでそれほど気にならない。ってゆーか、二人の偉人に敬意を表して、気にしない、って感じか。論文でなくて対談だし、みたいな。取り敢えず、一読をお奨めします。”古さ”が”新しい”です。ああ。この記事、何書いてんだか、我ながらようわからんように。スマン。

<追記>
なんだか散漫で論旨の一貫しない記事を書いてしまい、アップしたあとなんとなく胸がモヤモヤ。なんだこれは?って思って判った。気の利いたことを言いたいけど言えない、思いつかない、っていうモヤモヤ。かっこつけるとロクなことがないよな。

本質が雑談なんで、メモを取ってまとめるのもなんだかな、だし、話がホントに多岐に亘るんでそもそもまとめようがないというか。でも結局、読後、一番頭に残ってたのは、1965年発行のこの本の中で心配されている、世界の知力の低下、日本の教育の現状。で、それから約50年が過ぎ。事態は悪化の一途だよなぁ、どう見ても。岡先生。ごめんなさい。そう、これが言いたかった。なるほど。

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2010年3月 7日 (日)

【書評】心の仕組み~人間関係にどう関わるか〈下〉 著者:スティーブン・ピンカー

心の仕組み〈下〉読了◎。 副題は「人間関係にどう関わるか」。おなじみ、進化心理学者スティーブン・ピンカーによる、我々の持つ”心”という”器官”の仕組みについての出色の解説書にして仕様書にして取扱説明書、その下巻。(上巻の書評はこちら。中巻の書評はこちら。)

下巻の目次はこんな感じ。
第7章 家族の価値-人間関係の生得的動機
第8章 人生の意味-非適応的な副産物

上巻で、議論の枠組みを定め、”心の仕組み”について述べる。で、中巻から副題である”人間関係にどう関わるか”について本格的に論じ始めたわけですな。第5章の”推論”、第6章の”情動”と、”人間関係”についての基礎を固める。んで、下巻に入り、第7章が言わば具体論として”家族”、第8章が”人生”と。そうか。そこまで行くか。読んでて目眩がしました。巻を追うごとに、深い、面白い、のっぴきならない、領域を取り上げていく感じ。特に8章の終盤、哲学的な難問についての記述、はワシの中でまだ未消化だな。このブログを書きながら整理してきたいところ。

ってわけで、このブログの”続きを読む”のトコにせっせとメモをまとめながら、議論を整理し、じっくり考えた。5時間くらい掛かっちゃったよ。うん。言ってることはわかった。なるほどね。

心は進化的適応の結果として人間に備わった器官のシステムである。だから、人間が心で考える思考は、人間の認知的能力の働きについて閉じている。そして哲学的な5つの命題は、人間の脳に、その問題の本質を認知する認知装置が欠けているので、解けない。逆に言えば、これらの問題を解くことが出来ないという事実が、”心は進化的適応の結果として人間に備わった器官のシステムである”、ということを間接的に証明しているのかもしれない、と。

メモ書き、途中で息切れして7章の途中は手抜きしてしまいました。今度暇を見てやりますんで、カンベン。(って誰に言い訳してるんだか?)

上巻、中巻、下巻、どれも面白いのですが、やっぱり圧巻は下巻です。一読をお奨めします。

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2010年3月 6日 (土)

【書評】殴る女 著者:荻野アンナ

殴る女読了○。主人公の”私”はアメリカ人の父と日本人の母の間に生まれ、大学でフランス文学を教えている。日本生まれ日本育ち。フランスに留学。つまりは作者の分身。ストーカー対策でボクシングを始めた。彼氏を癌で亡くしたショックからたちなおり、海辺の地方都市”畑牛”に一人旅。”畑牛”には高名な撲神(ボクシン)阿弥陀如来の像がある。作法どおり「じゃぶじゃぶわんつうそわか」の真言を唱えてお札を供え、無心に拝むと・・・。

あはあは。いいよねえこのノリ。「じゃぶじゃぶわんつうそわか」ってアンタ。

ラウンド1-ファイティング畑牛 ・・・上記のあらすじ。以下、略。
ラウンド2-ノックダウン眠川 
ラウンド3-ボンジュール禍岡 
ラウンド4-レッドスモーキー腹黒山
ラウンド5-どすこい永田町
ラウンド6-アッパー居留守山
ラウンド7-コンクリート筒部
ラウンド8-ベイビー屁来

この作者の本を読むのは始めてです。読んで思った、好きか嫌いかで言うと特に好きではないな。でも、面白い。そうか、こういう小説もありか、って意味で新鮮で面白い。うーん。なんて言うんでしょうねえ。”日本”に対する考察、”日本人”のアイデンティティに関する省察、風刺、時事ネタ少々、現代日本を舞台とする若干のドタバタ、男と女。ちょっと怪しげな登場人物たちが次々と登場、関東一円とおぼしい地方都市を舞台に(どこがモデルだかうっすらと判る)、人を喰った文体でスルスルと話が進んで行く。

んでもって、主人公の”私”とは別に”作者”が作中に顔を出して説明を始めたり、”作者”の口述筆記担当労働者”山ちゃん”が出てきて”作者”に苦情を言ったり。そーゆーのがちょっとしたギミックとして効いていると思います。イヤミっぽくない。作者の”韜晦”だったり”言い訳”だったりしがちじゃないですか、そういうの。ところがこの使用例では、元々の作品がそもそも作者の分身を主人公にしているので、寧ろ”補完”とか”付加”とかに見えてしまう。結果的にどこまでが作者の分身でどこまでが作り話なのか余計に判らなくなる感じ。面白い面白い。

考えたいテーマがあって、考えるための手段として小説を書く、っていうのもありか。ありなんだなあ。なるほど。ってわけで、一読をお奨めします。

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2010年3月 2日 (火)

【書評】羆撃ち 著者:久保俊治

羆撃ち読了◎。著者は1947年生まれ。はやくから狩猟で生計を立てることを志し、20代で日本唯一の羆ハンターとなる。また、自らのハンターとしての力量を量るため、単身渡米しアメリカのハンター養成機関(アウトフィッターズ・アンド・ガイズ・スクール)の門を叩く。羆を追う緊張と興奮、研ぎ澄まされていく五感、愛犬であるアイヌ犬フチとの交流、山に対する畏敬の念。北海道の自然を背景に、シカ猟、羆猟の模様が生き生きと語られる。

静かでストイックだけれど、圧倒されるような迫力の本です。大自然の中で、人間がたったひとりで、羆という巨大な獣に立ち向かうことの大変さと”意義”を考えさせてくれます。また、後半、アイヌ犬フチとの交流は感動的で、人間と犬は種を超えて、こういう風にパートナーだったんだな、って気づかされます。

自然を相手に一人で山に居ると、内省的になるんでしょうねえ。マッチョな感じ、力を誇示する感じ、威勢のいい感じ、自慢する感じ、は皆無。自分の心の中を覗き込み、経験をひとつひとつ確かめながら、ゆっくりと、淡々と、綴ってゆくような、独特の文章です。自分の直感だけを信じて、損得を考えずに生きてきた男の凄みとでも申しましょうか。誰にも頼れない自然の中で、命を掛けて一人で羆に対峙してきた経験の重みとでも申しましょうか。我々が当然と思っている、時間の感覚、生業についての常識、人間や犬の能力、等々を根元から揺さぶるような、濃ゆい記述があっさりと、ただの事実として書かれているのを見て、あ、負けた、って思う。

ええ本です。一読をお奨めします。

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2010年3月 1日 (月)

【書評】網野善彦を継ぐ。 著者:中沢新一・赤坂憲雄

網野善彦を継ぐ。読了○。中沢新一と赤坂憲雄による、網野善彦さん追悼対談集にして決意表明にして宣戦布告。何に対して?日本の主流歴史学界に対して。網野善彦さんが亡くなったのが2004年2月27日。この本の出版が2004年6月25日。僅か126ページの薄い本。緊急出版されたんだろうなあ。のこのこ今頃読んでてごめんなさいね。

そうかあ。網野さん、本流の歴史学会では受け入れられてなかったんだねえ。それは勿体ないな。ワシ、”日本社会の歴史”から網野さんを読み始めたクチなんで、あまり良い読者とはいえないよな。その後も思い出したように新書とかを読むくらいで、系統立てて追っかけて読んではいない。”日本社会の歴史”はとんでもなく面白かったけど、それで分かった気になってしまった、っていうのはあると思う。

中身はこんな感じ。例によって・・・以下は勝手メモ。
1.歴史の欲望を読み解く網野史学・・・実証的に資料で語ることの限界とハンデ。
2.北へ、南へ、朝鮮半島へ広がる問題意識・・・結社と自由空間。
3.「天皇」という巨大な問題・・・具体的な身体、法人、芸能的な身体。
4.「東の歴史家」の意味・・・狩猟民という視点からみた都市。
5.何を受け継いでいくのか・・・東アジアに向けて開かれた日本、歴史学と民俗学の。

網野さんの仕事を総括し、問題点、ポイントを概観するって意味では、手軽でよい本だと思います。今回この対談を読んで、ちゃんと追っかけて読み直さなきゃね、って思ったことでありました。まずは”蒙古襲来”か。んでもって、”無縁・公界・楽”、それから”異形の王権”と。あと赤坂さんの”異人論序説”もな。最近読みたい本がどんどん溜まっていくなあ。幸せっちゃ幸せだけど。

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