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2010年1月24日 (日)

【書評】沈黙 著者:古川日出男

沈黙読了◎。大瀧鹿爾は大東亜戦争終結の混乱の東南アジアを生き抜いた。あらゆる声をあやつる”獰猛な舌”を以って。そして半世紀の後。鹿爾の大姪にあたる19歳の秋山薫子は、鹿爾の息子修一郎の遺した11冊のノートと夥しい数のレコードに出会う。音楽の死1~音楽の死11。そこには、17世紀に生まれ、歴史に繰り返し顕れる、ルコ(rookow)と呼ばれる音楽に関しての記述の断片が。「ルコは1959年にもう一度生まれ、1988年に世界から消えた」「抹殺された音楽は、世界から抹殺された音楽である」「音楽は娯楽ではない」「音楽は生存のための儀式である」。ルコとは何か?薫子は過去の声に耳を澄まし、ノートの解読に取り掛かる・・・。

第一部 獰猛な舌
第二部 カムフラージュ/モンタージュ
第三部 受肉する音楽
第四部 ルコ

過去と現在。個人と社会。絶対的な悪と音楽。壮大な、仕掛け。そして社会的な、共鳴。面白いです。前にも思ったが、この人の”書かずに済ますテクニック”は素晴らしいですねえ。それは手抜きってことじゃなく。物語が重層的に構成されている。バッハの無伴奏チェロ組曲を連想するなあ。そこに”ない”物語がそこに”ある”かの如く感じられ、単音が和音として響く、みたいな。・・・いかんな。比喩が音楽になっちゃってる。影響受けやすいからなあ、オレ。

ちょっと書き出しただけでも、
大瀧鹿爾の異能、それを生んだ大瀧家の歴史。
鹿爾の宿命を受け継いだ修一郎の伝記。
山室機関の創設者山室大佐の意味するもの。
戦争(大東亜戦争)とその時代背景としての昭和初期。
秋山薫子と、嘗て彼女の弟であった秋山燥の。
生存のための音楽、ルコの歴史。
ルコを”発見した”音楽家コーニリアスの伝記。
(呪われた楽譜)コーニリアスの自筆譜を巡る事件。
等々。

それぞれの物語が、重なり合い、相互参照し、循環する。”音楽”という、基本的に”文字では表せないもの”を物語の核に据え、そこにない”音楽”を、エピソードの積み重ねの中で、読者の頭の中に響かせる。

そしてそれらの物語は、過去のものではない。今、ここ、日本国の東京の、原宿で、邂逅と対話が進行する・・・。

ってわけで。これ以上は書けねえなあ。ネタバレになるからね。取り敢えず一読をお奨めします。これで古川日出男、追っかけ読み3冊目。すごい。ハズレがない。残りも大事に大事に読んでいこうと思う。

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