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2009年8月30日 (日)

【書評】「英文法」を疑う 著者:松井力也

「英文法」を疑う読了◎。副題は「ゼロから考える単語のしくみ」。著者は公立高校の英語教師。この本の目的は、日本人である我々が英語に対して漠然と感じている違和感の原因を探すことである、と著者は言う。英語と日本語の間にあるズレ、それは単に単語の指し示す内容がズレているということに留まるものではない。著者はなぜそのズレが生まれるのかを考え、それは世界の認識の仕方が違うからという結論に至る。では、英語が認識している世界とはどんな世界なのか・・・?

英語をなんとかしたくて勉強を続けている立場上、英語関係の書籍はなんとなく定期的に或いは習慣的に読んでしまう。ハウツーから歴史、言語学系から心理学系、いろんな切り口がありますが、今まで読んだ本の中でも、この本は最も根本的な部分で「英語」というものを捉えようとしているように思いました。考察としてやや生煮えっぽい部分があったりもしますが、本質的なツッコミが思いのほか深く、面白い。思うに、僅か190ページの薄い新書ですが、平易な言葉で書かれていますが、実はかなり濃ゆい本ですよ。

以下、覚え書き。本文中ではもっとやさしい言葉で、例も交えてわかり易く書かれています。タイトルは勝手につけたもの。内容もかなり圧縮してます。

世界の見え方・・・英語は世界をばらばらのモノの集積として見る。日本語は世界を関係(コト)の集積として見る。英語の単語の基本はモノ。

世界の始まり・・・英語は0(ゼロ)からスタートする。日本語は関係が予めあるところからスタートする。

文章について・・・英語で単語が文を生成するとき、それは繋がっているのではなく、単に並置されている。

主語とは・・・Subjectは動作の主体である。動作の主体は動作を表す言葉である動詞を要求し、そのようにして世界が立ち上がる。世界の中心にSubjectがいる。

動詞について・・・動詞の原形は、抽象的な概念としての動作そのものを指す。そしてそれをモノのように扱う。

分詞について・・・現在分詞は今の状態、過去分詞は完了した状態。

人称について・・・世界の中心としての一人称、いまここにある二人称、それ以外の世界の三人称。(それをはっきりさせるための三単現のs。)

これらの基本的な概念を操って、日本人がそういうものだと諦めている英語のいろいろなルール、例えば、苦手な「完了形」、しっくりこない「受動態」、等がが英語のネイティブの頭の中でどういうイメージで捉えられているのかを解き明かしていく。

うん。面白い面白い。個人的には特に文章についての捉え方が目からウロコでした。単語と単語が繋がっているのではなく、並置されている、って?どうしてもだらだら長い英文を書きがちだったのはそのせいかと。

出版は1999年。その後これを発展させた本を出されていないかと思って検索してみたのですが、見当たらないようです。うーん。これ、もっと掘るべきだと思うがなー。

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