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2009年8月31日 (月)

【書評】「身の丈起業」のすすめ 著者:一橋総合研究所

「身の丈起業」のすすめ読了○。起業について、日本には、退路を絶って逆境に立ち向かい、特別な才能を磨くか、さもなくば何か特別なことをせねばならないかのような先入観が存在する。まず、この先入観を克服しましょう。サラリーマン人生のリスクを減らすためにも・・・。

著者は現役ビジネスマンらをネットワーク化したNPO組織。だから、だと思う、起業に対する妙なアオリ、幻想、を排し、極めて現実的に、いかにしてリスクを減らして楽に起業をすべきか(例えば既存の商権を持って出る)、どんな人間をパートナーに選ぶべきか(それは菩薩のような人)、駄目だと見極めたらどうやって退くか(一例として3年で見極め、だめならサラリーマンに戻る)、等々を提案していく。地に足がついている、というヤツです。だからといって、週末起業とかアルバイトとかを提案しているのではなく、提案しているのはあくまでも起業。

セコくない。貧乏ったらしくない。ガツガツしてない。なんつーか、上品。育ちがいい。おっとりしている。ある面悠然と、どっしり構えている。・・・この本に対する印象です。世の起業本ってね、基本が下品なのが多いんだよ。起業をあおるにしろ、脅かして警告を発するにしろね。この本は珍しくそういう下品さがない。文章にもそこはかとないユーモアが漂い、読んでいて楽しいですね。ビジネス本には稀な味わい。起業を目指す人も目指さない人も、お仕事している人はみんな、読んでも損はない本だと思います。

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2009年8月30日 (日)

【書評】「英文法」を疑う 著者:松井力也

「英文法」を疑う読了◎。副題は「ゼロから考える単語のしくみ」。著者は公立高校の英語教師。この本の目的は、日本人である我々が英語に対して漠然と感じている違和感の原因を探すことである、と著者は言う。英語と日本語の間にあるズレ、それは単に単語の指し示す内容がズレているということに留まるものではない。著者はなぜそのズレが生まれるのかを考え、それは世界の認識の仕方が違うからという結論に至る。では、英語が認識している世界とはどんな世界なのか・・・?

英語をなんとかしたくて勉強を続けている立場上、英語関係の書籍はなんとなく定期的に或いは習慣的に読んでしまう。ハウツーから歴史、言語学系から心理学系、いろんな切り口がありますが、今まで読んだ本の中でも、この本は最も根本的な部分で「英語」というものを捉えようとしているように思いました。考察としてやや生煮えっぽい部分があったりもしますが、本質的なツッコミが思いのほか深く、面白い。思うに、僅か190ページの薄い新書ですが、平易な言葉で書かれていますが、実はかなり濃ゆい本ですよ。

以下、覚え書き。本文中ではもっとやさしい言葉で、例も交えてわかり易く書かれています。タイトルは勝手につけたもの。内容もかなり圧縮してます。

世界の見え方・・・英語は世界をばらばらのモノの集積として見る。日本語は世界を関係(コト)の集積として見る。英語の単語の基本はモノ。

世界の始まり・・・英語は0(ゼロ)からスタートする。日本語は関係が予めあるところからスタートする。

文章について・・・英語で単語が文を生成するとき、それは繋がっているのではなく、単に並置されている。

主語とは・・・Subjectは動作の主体である。動作の主体は動作を表す言葉である動詞を要求し、そのようにして世界が立ち上がる。世界の中心にSubjectがいる。

動詞について・・・動詞の原形は、抽象的な概念としての動作そのものを指す。そしてそれをモノのように扱う。

分詞について・・・現在分詞は今の状態、過去分詞は完了した状態。

人称について・・・世界の中心としての一人称、いまここにある二人称、それ以外の世界の三人称。(それをはっきりさせるための三単現のs。)

これらの基本的な概念を操って、日本人がそういうものだと諦めている英語のいろいろなルール、例えば、苦手な「完了形」、しっくりこない「受動態」、等がが英語のネイティブの頭の中でどういうイメージで捉えられているのかを解き明かしていく。

うん。面白い面白い。個人的には特に文章についての捉え方が目からウロコでした。単語と単語が繋がっているのではなく、並置されている、って?どうしてもだらだら長い英文を書きがちだったのはそのせいかと。

出版は1999年。その後これを発展させた本を出されていないかと思って検索してみたのですが、見当たらないようです。うーん。これ、もっと掘るべきだと思うがなー。

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2009年8月28日 (金)

【書評】それがぼくには楽しかったから 著者:リーナス・トーバルズ

それがぼくには楽しかったから読了◎。原題は「JUST FOR FUN」、直訳すると「楽しいだけで十分だぜ」。副題は「全世界を巻き込んだリナックス革命の真実」。Linuxの開発者であるリーナス・トーバルズの自伝。Linuxが生まれた経緯について語り、オープンソースプロジェクトと人生の意味について考える。当時リーナスはフィンランドの大学生。1991年1月2日、クリスマスと誕生祝のお金を全てつぎ込み、リーナスは生まれてから3台目にあたるコンピュータを手に入れる決断を下した。CPUは80386。OSはDOSとミニックス。ミニックスにはターミナル・エミュレーションがない。自作するしかないか。リーナスはいっそBIOSから作ることにする・・・。

思いのほか面白かったです。最初のうち共著者のルポ風の文章が鼻につくように感じ、また、子供の頃のエピソードとかも特に興味をそそられず、ハズレかな、と放り出し掛けたのですが・・・。上述のターミナル・エミュレーション自作の話あたりから俄然話が面白くなって一気に引き込まれました。ある意味、手に汗握るぜ。ナマの冒険譚であり英雄譚でありドキュメンタリだもんね。そしてまたある意味、成り行きに任せて、ただただ興味の赴くままに(或いは必要に迫られるままに)、やっていった結果なんだよ、っていうのが良くわかる。いいね。

ワタシにとっては、ある種のノスタルジーに浸った、っていう側面もあるね。年齢的にはリーナスはワタシの7歳下なんだけど、68系からインテルに乗り換える決心をする、とか、メモリは2メガじゃなくて4メガは欲しい、とか、浮動小数点演算コプロセッサ、とか、なんて言うんでしょう、ああーそんなことがあったあった、って感じでなんとも懐かしく、それがこの本の臨場感を5割り増し(当社比)しているというか。

個人的な感傷ですがシャープのX68000発売が1986年ですか。眠ってますがグラディウス今でも動くかなぁ。その後奮発してメモリを1M増設して2Mにしたり、MIDIボード挿したり、外付けハードディスク(40Mだった確か)買ったり。当時社会人2年生?だったかな。うーむ。あれから本当にいろんなことがあった・・・(遠い目)。

後半のオープンソースについてのリーナスの考え方とそれをベースにした人生観の部分も、率直で本質を衝いていて、とても興味深く読みました。覚書メモ。生存・社会性・娯楽。人を突き動かしているのは、この3つだよね、と。リーナスが書くと説得力がある。詳しくは買って読んでください。便乗本かと思ったら意外と古典になるかも、ってのがこの本です。ではでは。

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2009年8月26日 (水)

【書評】ミレニアム3 眠れる女と狂卓の騎士 著者:スティーグ・ラーソン

ミレニアム3 眠れる女と狂卓の騎士読了◎。ミレニアム2のラストシーンから物語は始まる。ミカエルに助けられたリスベットは病院に運ばれ手術を受けることに。一方、過去の事件の発覚を恐れた公安警察内部の秘密組織は、ミカエルらの持つ極秘ファイルをこの世から消し、リスベットを精神病院に幽閉すべく活動を再開した・・・。

ああー、とうとう最後まで来てしまった。読んでしまった。あーあ。終わっちゃったー。もうめくるページがないのがホント残念で堪らん。もっと読みたいよぉ・・・。この中毒性の強さは、凄いのひとことです。

畳み掛けるように様々な事件が並行して起こっていく。様々な視点からそれらが描かれる。それぞれの事件がどのように関わっているのか、関わってくるのか、なかなか判らない。しかし圧倒的な描写力と登場人物の魅力に乗せられてどんどん読み続けずにはいられない。言葉の正しい意味でサスペンス(宙吊り)です。この視点切り替えと人物造形の技術は見事。

情報操作と虚虚実実の駆け引きと。ミレニアム3のテイストはスパイ小説&法廷小説ですね。因みにこの伝で行くと、ミレニアム1のテイストは探偵小説、ミレニアム2はのテイストは警察小説。どれをとっても一流の味で、これだけでいろいろな味が楽しめる、なんて、なんてお得な!

ミレニアム1よりミレニアム2、ミレニアム2よりミレニアム3と、回を追うごとに物語がどんどんスケールアップしていきます。話がどう展開するのか読めない度合いも一緒にね。もう意表の衝かれっぱなし。アブラのりのり。なんども言いますが、騙される快感、これがいい。

話をどんだけ大きくしても、ディテールがしっかりしているので、リアリティがあって安心して読んでいられるだよねぇ。

作者が事故で亡くなってしまったので、もう続編を読むことは出来ないんですよねー。ああっ。なんてこったい。心の底から残念だぁ。まだミレニアムを読んでない人は幸せですよ。これから読むことが出来るんだからな。いいなあ。・・・出来れば余計な書評なんか読まずに(このブログはいいんですよ、このブログは)、いきなり読み始めることをお勧めします。中身全然知らずに読んで、みごとに嵌るべし。それはそれは幸せな体験だと思いますよぉ。

ミレニアム1の書評はこちら。ミレニアム2の書評はこちら

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2009年8月24日 (月)

【書評】シャリマール 著者:甲斐大策

シャリマール読了○。副題は「シルクロードをめぐる愛の物語」。アフガニスタン・パキスタンを舞台とする連作短編集。「ナフディ・ジャンの恋」、「ビビ・ウマルとマンスール」、「シャリマール」、「グリスタン【花園】」、「シューリィの花」、中篇5篇を収める。

ちょーっと異世界に迷い込んだような感じ。空気が違う。論理と倫理が違う。軽く酔っ払ってしまいました。

不思議な短編集です。愛の物語なんですが、甘くない。1970年から1980年前後のアフガニスタンとパキスタンを舞台に登場人物の生活が生き生きと描かれる。愛の形はいろいろ。煮豆売りの少年の仄かな憧れであったり、ビビ(お嬢さん)と渾名されると地方の豪族の嫡男の甘い出会いであったり、結婚を控えた比較的裕福な家庭の若い二人であったり。はっとするほど新鮮な筆致で、日本人ではない、その地に住む人々の考え方、人生観が切り取られています。そして、ある日ごく当たり前のように暴力が破壊が不幸が到来する。内戦であったり、宗教的な対立による襲撃であったり、或いは病気であったり。登場人物は多くの場合取り返しのつかない喪失を体験することになる。その後また日常生活が戻ってくる。

てっきり彼の地の作家の翻訳かと思ったら、そうではなくて、作者は日本人なんですね。もう亡くなっていますが、20年近くアフガニスタンやパキスタンをはじめとするシルクロード各地を放浪し、現地の人々と暮らし義兄弟の契りを結び、イスラム教に改宗したというから、もの凄い人です。日本人離れしていますね。本職は画家だそうです。一部では結構有名な方らしいのですが、私は今回始めて知りました。絵も一度見てみたいものだと思います。

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2009年8月23日 (日)

【書評】出星前夜 著者:飯嶋和一

出星前夜読了○。舞台は島原。寛永十四年陰暦五月から寛永十五年二月にかけての十ヶ月間。江戸初期の、松倉藩領民の武装蜂起、世に言う島原の乱を、背景・発端から個々の戦闘の経過に至るまで、丁寧に描き出す。

うーむ。この調べ上げ方は凄い。いやどこまでが史実でどこまでが作者の想像なのかは私には判断がつきませんが、細部の描き込みの鮮やかさには脱帽です。圧倒されました。

この著者の本は始めて読んだのですが、系譜としては司馬遼太郎系「史実の再評価」時代劇という感じですかね。でも、ちょーっと違うのは、司馬遼太郎が「日本人とは」という問題意識で物事を解釈していたのに比べると、選んでいる事件がもっとピンポイントで、描き方も突き放した感じがする、ってことでしょうか。

その意味でこの本は、時代劇とゆーか時代物とゆーか、このジャンルの新しい形なのかもねえ。実も蓋もない言い方をすれば、血も沸かない肉も踊らない、ただただ事実を検証し、戦いの虚しさ愚かしさを暴いていくという。ワタシなんかね、どっぷりハマるたちなんで、なんつーか、軽いウツになる感じというか。

エンタメ性が希薄であるということは、どうなんでしょう、やっぱマイナスなんですかねえ。勧善懲悪みたいなものを求めていたわけではもちろんないんですが・・・。もちろん、作者もそこんとこは考えていて、ちゃんと小説の中に「救い」はあるんですけど、それはそれでいいんですけど。ま、半分ワタシの個人的な愚痴だという自覚はある。

さて、いい小説ですが、読後感が良くない、ってのはありか?ありだな。うん。いい小説だから、読後感が良くないのかもしれないしな。とゆーわけで、いい小説です。読後感は良くありませんでした、ワタシには。ってことで。

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2009年8月18日 (火)

【書評】走ることについて語るときに僕の語ること 著者:村上春樹

走ることについて語るときに僕の語ること読了○。年に最低一回はフルマラソンを走るという生活を20年近く続けている著者が、走ることについて正直に書く、というスタンスで書いた本。ランニングを軸にしたメモワール。結果的に村上春樹による村上春樹の解説本になっています。

実は昔読んだような気がするが、はっきりしない。村上春樹さんの文章は私にとって、ただ読んでいても気持ちがよいものなので、別に二回目でもいいじゃん、 と思い、読み始めた。うん、読んでなかった、と思う。たまにこういう取りこぼしがある。

村上ワールドの登場人物は多くの場合、独特の落ち着き方をしているように見えますよね。考え方がとってもプラクティカルで、抽象的なものに騙されないというか。地に足がついているので、抽象的な心配をする必要がないというか。私がこの人の小説を読む理由のひとつに、そういうキャラクターに憧れているのだ、ということはあると思います。

他の人はどうなんだろう?このことは私にとっては自明のことだったので、言語化したことはなかったのですが。うん。こうして改めて言語化するのもなかなかイイな。憧れるってことは、つまり私自身は考え方がプラクティカルじゃなくって、抽象的なものに騙される傾向があり、地に足がついていないので抽象的な心配をしている、ってことだもんね。うーむ。悔しいがまったくもってその通りだ。

この本の中に、その安定感、バランスのよさ、がどこから来るのか、どうやったら身につくのか、ってことが書いてあるわけではないのだが(基本的には持って生まれた性格みたいなものだと思う)、走るという具体的な行為に対する信頼の置き方を見ていると、なるほど、こんな風にやるんだ、という参考にはなる。

ユダヤ人の話じゃないが、日常生活の中で具体的な行為を選ぶことが鍵なんだ。それによって、自分という人間の反応を矯正していく。頭で決心するんじゃなくて、筋肉を矯正してく。そゆことか。

えーっと、一般的な紹介記事にはなっていないことをお詫びします。ってかこれ、基本は個人的な読書備忘録だかんね。そこんトコよろしくね。・・・実を言うと今日で夏休みが終わりなんです。いろいろやりたいことがあったのに全然達成できずに夏が往ってしまうことに対する後悔が、こういうわけわかんない文章を書かせるんだな、と反省。すんません。

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2009年8月17日 (月)

【書評】先生、シマリスがヘビの頭をかじっています! 著者:小林朋道

先生、シマリスがヘビの頭をかじっています!読了○。著者は鳥取環境大学の教授。専門は動物行動学と人間比較行動学である(著者は人間動物行動学と呼ぶ)。本書は、大学周辺で起こる動物や学生を巻き込んださまざまな事件を、人間動物行動学の知見も交えながら書いたもの、とは著者の弁。

下の息子(中学三年)が学校の宿題(生物のレポート)のために借りてきた。面白そうなので横取りして読んでしまいました。オレの勘も捨てたもんじゃないな、実際、面白いです。

実を言うと題名と表紙からはもっとおちゃらけたもの(極端に言えばユーモアエッセイみたいな)を想像していたのだが、そうではないです。もっと不器用でもっと理系寄り。んで、そこがいいんだなぁ。

具体的に説明するとですね、タイトル「先生、シマリスがヘビの頭をかじっています!」ってのを見るとですね、「あ、なんかの失敗談かな?」って思うでしょう?動物行動学を生業とする先生がなんらかの失敗をして、その結果、シマリスがヘビの頭をかじるような事態が生じたのであると。その異常事態が生まれた経緯が、ユーモアエッセイのネタになっているのであると。(私はそう思ったんですよ。)

そうではありません

えーっと、このブログは出来るだけ短く、ネタをバラさない、ってのをモットーにしております。あらすじとか解説とかも最小限に、ってのがポリシー。だってさ、いろいろネタをバラされると読む楽しみが半減するじゃないですか。そういう無粋なことはしたくない。とゆーわけで、続きが気になる人は、是非自分で読んでみてくださいね。びっくりします。(私はびっくりしたんですよ。)

もうひとつ、この本が面白い理由があります。このブログの冒頭、著者の専門を動物行動学と人間比較行動学と紹介し、著者は人間動物行動学呼ぶ、と書きましたが。ここにヒントがある。うーん。一言で言うと動物好きが動物を見るように人間を見ている、ってことです。動物行動学みたいな役に立たなそうな(すんません)学問が好きな学者が、人間を動物として見るときの人間比較行動学は、一味違う、ってことですな。御活躍をお祈りしております。

アマゾンで調べると同じ著者の同じシリーズがあと2冊出てるんですね。先生、巨大コウモリが廊下を飛んでいます!先生、子リスたちがイタチを攻撃しています!と。これは読まずばなるまい。

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【書評】「乳と蜜の流れる地」から 著者:山森みか

「乳と蜜の流れる地」から読了◎。副題は「非日常の国イスラエルの日常生活」。著者は日本人。ユダヤ人である夫と結婚し、1994年以来イスラエルに住んでいる。妊娠中に就職活動をし、テルアビブ大学人文学部東アジア学科講師の職を得る。夫は当然ユダヤ教徒だが、著者と二人の子供はユダヤ教徒ではない。そんな著者から見たユダヤ人とは、中東和平の現実とは、そしてイスラエルの日常生活とは・・・。

ユダヤ人或いはユダヤ教関係の本って、なんつーか、バイアスが掛かっているものが多いじゃないですか。そんな中では、そもそもイスラエルにおける日常生活ってのが、ネタとして珍しいわね。それだけでも興味をそそられるのに、その上中身が濃く、偏りがなく、視点が安定していて、洞察が深い。ええ本です。一気読みしてしまいました。

エッセイっていうのとはちょっと違うかもしんないな。もちろんイスラエルに住まなきゃわかんない、著者の或いは著者の家族又は知り合いの、実体験がベースなのですが、それは単なる体験談ではないのですね。ある時は日本或いはアラブとの比較だったり、ある時はイスラエルの歴史を踏まえた考察だったり、と、いろんな角度からものごとを考え、解説してくれるんですよ。現象だけでなくその現象の背景、歴史、現代に於ける意義、ついでに言えば未来への影響の可能性まで、って感じか。といって、お堅い紹介本、研究本ではまったくない。面白い。なかなかできるこっちゃないと思います。

個人的にとても面白いと思ったのは、本書中に引用されていたデイビッド・グッドマンというアメリカのユダヤ人の言葉。「ユダヤ教は、人間のあらゆる行為を実質的に神との交わりの手段に変容させようと努力する生活方式である」「ユダヤ人の存在理由は倫理的に生きることであり、ユダヤ人は食事、性、時間に関する事柄を、倫理すなわち神の名を聖化する具体的な行動様式として、常に人生の中心に据えるものだ」

なるほど、って感じですね。食べ物のタブーにしろ安息日の規定にしろ、それだけ見ると、何故?って思っちゃいますが、この文章を読むと、あ、そうですか、ってレベルでは理解できるもんね。それと、この考え方は、イスラム教も一緒だね?イスラム教徒で同じようなことを言っている人がいるかどうか、調べてみたいが、どうやって調べたらいいかなー?

正直に言うと、こういう不自由な生き方に憧れる感じと莫迦にする感じと、私の中に両方あるねえ。それは私がちょーっとアスペルガってるから?それとも日本人だから?それとも?

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2009年8月16日 (日)

【書評】墨攻 著者:酒見賢一

墨攻読了○。舞台は中国戦国時代(紀元前403年~紀元前221年)。思想集団である墨家は、守城戦に特化した戦闘技術を持ち、大国に侵略される国の救援要請を受け、城を守った。趙と燕の国境にある小城、梁城からの救援依頼を受け派遣されたのは、生え抜きの墨者である革離ただ一人。果たしてたった一人で2万に及ぶ趙軍の攻撃を防ぐことが出来るのか・・・?

墨攻というと、スピリッツに連載していた漫画、或いはそれを原作とした映画の方が有名になってしまいましたが。その漫画の原作となったのがこの小説なわけで。本そのものは僅か170頁程度と極薄いものなのですが、その後の影響を考えるとなかなか凄いものがありますね。

墨家という中国史上の異能集団の紹介に係る記述、進行中の梁城の守城戦の模様、主人公革離の墨家の中に於ける位置。3つの要素を織り交ぜながら物語は簡潔な記述で淡々と進められていきます。当然、物語としては梁城の守城戦がメインとなるのですが、この物語を面白くしているのはやはり墨家そのものの紹介の部分ですね。二千数百年前に非攻(他国への侵攻の否定)、兼愛(博愛主義)を説いた、とか、一方で極めて実利的・合理的に戦闘に勝つ技術を発達させ守城戦に於いては無敵であった、とかの記述を読むと、我々読者はその後の中国の歴史の展開を知っているだけに、もしも墨家が歴史から消えてしまわなかったら中国の歴史はどうなっていたのか?儒家でなく墨家がメジャーになっていたら?ってなことを考えてしまうわけです。

それにしても、本の面白さは厚さには比例しないなあ。いや当たり前の話なんだけどね。

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2009年8月15日 (土)

【書評】ジョーカー・ゲーム 著者:柳広司

ジョーカー・ゲーム読了○。旧日本陸軍のスパイ養成機関であるD機関を横軸とする連作ミステリ。D機関設立「ジョーカー・ゲーム」、英国総領事のスパイ疑惑「幽霊」、捕らえられたスパイ「ロビンソン」、上海の抗日テロを背景とする「魔都」、二重スパイの死「ダブルクロス」、等々、中篇5篇を収める。D機関設立者の結城中佐が各篇に狂言廻しとして少しだけ登場します。

この著者の本を読むのは初めてですが、ドラマでなくパズルの人なんですね。昔は本格モノと社会モノとか読んでましたが。そうかあ、このジャンル、まだあったんだ。

ミステリの王道って感じですか。うまいっ、座布団一枚、みたいな。D機関は作者の創作です。スパイっていろいろお話を作りやすい題材だと思いますが、この本に出てくるスパイ、D機関卒業生はみな一種人間離れした能力の持ち主として描かれています。特に、あの時代であるにも拘らず天皇制を平然と批判するような、思いこみを排する能力の。そして思いこみがあの時代の普通の人間の視点から描かれるとき、それがミステリのネタになる。

とゆーわけで、縦軸は思いこみ、ってことになりそうですね。心理的盲点、束縛、囚われ、まあ言葉はなんでもいいんですが。でも考えてみたらミステリって大体が読者の思い込みを逆手に取って意図的にミスリードした挙句、種明かしをするって構造なわけで。そういう意味では説明にはなってないか。いやいやだからこそミステリの王道なんだな。うん。

舞台は、人々が判り易い思い込みを持って生きていた時代。そしてその思い込みが思い込みでしかないのを我々が知っている時代。読者はちょっとだけ有利な視点で物語を読んでいる気になるわけですね。でもね、その知ってる感も所詮作者の手のひらの上。騙される快感を求めるミステリ好きにはお勧めかな。

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2009年8月11日 (火)

【書評】勉強ができなくても恥ずかしくない 著者:橋本治

勉強ができなくても恥ずかしくない読了○。町のお菓子屋さんの子供ケンタ君の、小学校入学前から高校卒業までを描いた、小説です。3冊っていっても字は大きいし行間は空いてるし、あっと言う間に読めてしまいます。1が「どうしよう・・・の巻」、2が「やっちまえ!の巻」、3が「それからの巻」。舞台はちょっと昔の日本。なぜか小学校では友達ができないケンタ君は、学校へ行くのが好きではなくなってしまった・・・。

念のために書いておくけど、「どうして勉強ができなくても恥ずかしくないのか」ってことを説明している本ではありません。まえがきにも書いてあります。「学校に行くのは、勉強をしに行くためだけではなくて、ほかにももっと、しなければならないことがいっぱいあります。いくらそっちができても、勉強ができなければ「恥ずかしい」と思ってしまいますが、でも、そうではないのです。」そう、もっと大事なことがある、と。

小説ってゆーか、どうみても自伝ですよね。実家がお菓子屋だった、ってーのはこれまでにもいろんなトコで書いてるんで有名な話だし。

とってもストレートなメッセージですが、ケンタ君のキャラがいいのでクサくないんだよね。いいねえ。このうまくとけこめない感じとかさ、困ったなァ、って考えてるかんじとかさ、なんかこう、個人的にぐっと来ますね。思い出す感じ、つーか、オレ、実は今も会社でそんな感じをずーっと抱いてるような気がするんですけど・・・。

ええっと、仕事ができなくても恥ずかしくない、かな?どうかな?いやできますけどね。

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2009年8月10日 (月)

【書評】B型の品格 著者:小林信彦

B型の品格読了○。副題は「本音を申せば」。十年来続いている週刊文春のエッセイの単行本化。これで11作目。ちょうど1年に1冊のペースなわけですね。

内容的には戦争ネタ、下町ネタ、政治ネタ、映画ネタ、血液型ネタ、等々。本人もあとがきで書いていらっしゃいますが、今回は敢えて世相ネタを避け、映画ネタ等に逃げている傾向があります。もっとストレートに言ってもいいのに、という欲求不満が残るなあ。言ってもしかたないから、ってのはわかる気もするけどねえ。

実際に国家による裏切りを体験した世代ならではの、国に対する醒めた現実的な見方がとても参考になるんですけど。なんだかんだ言っても私らの世代はこの件に関してはまだまだ甘ちゃんだという自覚がある。だから信彦翁には痛い目にあった先輩としていろいろ教えて貰いたいなあ。

2007年の「日本橋バビロン」以降、小説は出版されていないようですね。もう76歳?では新作は難しいのでしょうかねえ・・・。今調べたら2008年の年末に「<後期高齢者>の生活と意見」という本を出されているようです。いかん、チェック漏れしてる。このタイトルがなんとも。それにしても後期高齢者ってつくづくすごい言葉だね。もうすぐ死ぬってことだもんね。

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2009年8月 9日 (日)

【書評】新世界より 著者:貴志祐介

新世界より読了△。舞台は1000年後の日本。日本の人口は5万人程度。高度な科学技術は失われ、人々はみな呪力という超能力を身につけ、田園地帯に点在するいくつかの郷に住む。生態系はなぜか大きく変わっている。子供たちは町と外界を仕切る八丁標と呼ばれる注連縄の外に出てはならない。外界にはさまざまな悪霊や妖怪が棲むというのだ・・・。

これも少し前に日経の書評欄で褒めていたので楽しみにしていたのだが。うーん。ちょーっと期待はずれでした。一言で言うと、雑、ですかね。いろいろな設定がされているけど、細かいところで整合性が取れていないので読んでいて興が醒めてしまう。私はどっちかとゆうとそういうトコロはゆるいほうで、あんまり気づかずに読み進むことが多いんだが、この本に関しては「え、それはちょっと?」ってのが5個くらいあったぞ。物語或いは世界観の根幹に係るレベルでな。編集者はツッコミを入れてあげないのかねえ。作者に対しても不親切だと思うがなぁ。

語り口がいまひとつ、というのもあるね。このテーマで視点が主人公からのみ、というのは無理がある。だから随所で「説明」のための長広舌が始まる。登場人物のキャラクターも説明を前に進めるために造形されている感があり、薄っぺらだー。なんですぐ「どうして?」って訊くんだよ?んでまたそれに得々と答えてるし。

習慣的に並行読みをするので、今回一時「ミレニアム2」と両方読んでたのも点が辛くなった一因かな。語りのテクニック不足は大きいよ。

ってことで、日経の書評欄は私とは相性が悪い、とゆーことが判明しました。読んでみてアタリ、ってのが殆ど無いぞ。

じゃあ、ってんで、いまAmazonの書評調べたら結構評価高くて、星4.5くらいあんのね。へえ。これホント?って感じ。甘すぎ。そうかー。Amazonもあてにはなんないんだねー。それとも俺の好みが特殊すぎるのか?もちろん変える気は毛頭ないが。

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2009年8月 8日 (土)

【書評】ミレニアム2 火と戯れる女 著者:スティーグ・ラーソン

ミレニアム2 火と戯れる女読了◎。ビュルマン弁護士はリスベットへの復讐に燃え、拉致計画を立てる。一方、雑誌「ミレニアム」は綿密な調査に基づく人身売買の告発記事を準備中である。背後にザラという謎の人物が。リスベットは独自にザラを追っている。そして、編集長のミカエルはリスベットが暴漢に襲われるのを目撃する・・・。

普通続きものってだんだんパワーが落ちてくじゃないですか。でもね、ミレニアムはそうじゃない。無茶苦茶面白い!てかこれ続き物じゃないね。ミレニアム1が売れたから2を書いた、ってんじゃなく、最初から大きな物語があって、それが少しづつ見えてくるんだな。

予想がつかない、ってのが大事なポイントだ。普通、読みながら漠然と先の展開を予想してるじゃないですか。それがことごとく外される。この快感!

お約束なんで、あらすじ(みたいなもの)を冒頭に書いておきましたが、そういう話ではありません。予想外の展開を見せます。じゃあどんな話かって?それは読むしかないでしょう。ネタバラシはしたくないもんね。

さあミレニアム3を手に入れなければ。

ミレニアム1の書評はこちら。ミレニアム3の書評はこちら

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2009年8月 2日 (日)

【書評】The Changeover 著者:Margaret Mathy

The Changeover読了○。ニュージーランドの女子高校生ローラは、1/8だけアボリジニの血を引く。母親のケイトと弟のジャッコと3人で暮らしているが、先日来予兆を感じている。不吉な影が・・・?

ニュージーランドのジュブナイル、ホラー、かつ青春モノ、という変り種。英語の勉強の一環として読みました。決して読みやすい英文ではありません。って単に俺の英語力が貧弱なだけか?

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【書評】ルワンダ中央銀行総裁日記 著者:服部正也

ルワンダ中央銀行総裁日記読了◎。日銀から出向し1965年から6年間、建国後間もないアフリカの小国ルワンダの中央銀行総裁として奮闘した著者の記録。

いやー面白い。思わず読み耽ってしまいました。著者の実直な人柄が偲ばれる、事実に即した切れの良い文章で、当時の情景が生き生きと活写されています。

また別の面から見ると、一国の土台を一からつくる、無茶苦茶大きなスケールでの経済的な実験ですな。フィールドワーク、仮説の構築、政策の立案、そして検証。著者は淡々と記述していきますが読んでるほうははらはらどきどき、そしてわくわくします。んで、経済の勉強になる。財政と通貨政策。外貨準備。政治と経済政策。税制と産業振興。

もうひとつ思ったのは、昔の日本人は偉かったんだなあってこと。志の高さと言うか。だってさ、計算したら著者がルワンダに行ったのって47歳の時だよ?今の俺と同い年じゃん!ちょっとショック。

それからなんでか知らんがルワンダ関係の本と縁があるなあ。将来行ってみるかねえ?


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