2015年12月31日 (木)

年末だッ!!

はいはい恒例の年末更新ですよ。すみませんね。
実はもう寝ようと思ってベッドに入って本を読んでて、ブログの更新を忘れてたことを思い出したんですわ。年に一回のことだからなー。

では、この一年の総括。

短答試験は、やっと受かりました。
論文試験は、爆死。
選択科目(著作権法)は、惜しくもB判定。不合格・・・。

論文はもともと勝てる気がしなかったんで、それほどショックではないんだけど、著作権法を落としたのはイタイ・・・。弁理士試験受験者は知ってると思うけど、著作権法は来年から選択科目から外れるんだよね。選択科目中、著作権法は最も「お得な」科目だったんだが・・・。

これでまた別の科目を一から勉強しなおすのかと思うと、頭がくらくらしますわ。まあ愚痴っててもしょうがない。というわけで、今は選択科目を民法に変更してセコセコ勉強しています。

民法を勉強するのは生まれて初めてなんだけど、面白いか、というとまあ面白い。概念の切り取り方というか、組み立て方が一種独特で、目からウロコ、ってのが多いので、勉強してて面白いのは確かだな。でも裏を返せばそれだけ勉強することが一杯あるってことだからなー。これ、16年の7月までに間に合うのかね?ってそれはオレ次第か。

ま、そんなこんなで相変わらず毎日勉強しているってことで。

ブログのプロフィール見たら2010年6月に弁理士受験を決意しているから、これでもう5年半、知財4法を勉強してるってことかいな。オレも飽きずによくやるよ。ほんと。

なんとか2016年度でケリをつけたいものだと思いますが、ぶっちゃけ、暗記に関しては若い頃とは比べ物にならないからなー。悪い意味で。うーん。

ま、そのかわりイライラせずにしつこく勉強する能力は上がっている。瞬発力は衰えたが持久力はついたってことかね。それはそれで良しとしましょうかね。

というわけで今回は特に面白い話題もなくただの近況報告ですな。

年に一回だとブログの書き方忘れちゃうんだよね・・・。ま、受かるまで辛抱辛抱。

それではよいお年をお迎えください〜。

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2014年12月31日 (水)

年末かあ

年末かあ。早かった。この一年早かった。なんだか年々早くなっていっている気がする。うん。月並みですが。

なんというか、一年てのはな、5月後半締めなんだよ。全ての弁理士受験生にとってはな(あ、違うな、短答免除者は除く、だな)。だから年末って言われてもピンと来ないの。どうでもいいの。

年末ってのはせいぜい、ああもう半分遣ってしまった、あと半分しか残ってない、っていう後悔をしみじみ味わう時間帯でしかなくて、だから、余計に年末がやってくるのは早く感じられるのかもしれない。一年を二度後悔して過ごす感じ、というか。短答に落ち続けている受験生のボヤキでしかないが。

それはそれとして今年はどんな年だったか。
当たり前だが、本はあまり読めなかったな。なんだかんだ言ってもお勉強優先だった。 読んだ本の中で印象に残っているのは、
・ 月の裏側。著者:レビィ・ストロース。え?あの?そう、あの。こんな親日家だったのね。そしてこんな時代が近いのね。意外な感じ。歴史上の人物、くらいに思っていたので。
・日本史の謎は地形で解ける。著者:竹村公太郎。面白い。目からウロコ。著者は国土交通省を退官した技官。文章は素人臭いが視点がこれまでにない。わくわくする。
・日本の思想。著者:丸山眞男。常々会社で感じている理不尽が日本に普遍的な現象と知る。だからなんだ、と言われても困るが。根が深いことは分かった。
・3月のライオン。著者:羽海野チカ。友達に借りて一気読み。棋士の話だとは知らなんだ。そしてこんな憑依体質の人だとは知らなんだ。このリアリティ。
その他いろいろとつまみ読みはしたが、いちいち書いていくのもなんなので割愛。

それから。
仕事はソコソコ面白い年だった。組織の中では(自分の会社では)一向に評価されないが(というより敵がどんどん増えていって居づらいことこの上なし)、仕事で出会う人々、当たる案件、面白くって仕方なし。お勉強からの逃避だろ?って?

うん、勉強の合間にぼーっとしていると、仕事でやんなきゃならないことがふっと浮かんでくる。それをかたっぱしからメモしていく。それは確かに逃避。当たっていなくもないが、それだけでもないんだよなあ。
次の日、機械的にただそれをやる。それが仕事をどんどん加速する感じ。面白いね。あれ、逃避としてぼーっとしてないと思いつかないことなんだろなあ。

この好調さが持続することを祈るよ。会社で嫌われながらも好き勝手に出来ているのもなんだかんだ言って数字が出来ているから。それは自覚しているから。

あと、株は絶不調でした。一昨年、残高を10倍にして、昨年、半分に減らした、という感じ。このジェットコースター。違うパターンを身につけないと、身がもたない、とつくづく思ったことです。これは今後の課題。といってもお勉強第一なので、しばらくは様子見、ということで。

さて、恒例の年に一度の更新、こんなトコかしらん。早く普通の書評サイトに戻りたい。でもいまは我慢我慢。来年こそは(少なくとも短答は)受かる予定ですから〜。

それでは、みなさま、よいお年をお迎えください。

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2013年12月31日 (火)

年末ですよ

一年なんて、あっという間だよなあ。ということをわかりやすく表現するために、ブログの更新を一年に一回にしてみた、わけですが。←うそ。

余計なこと(ブログ)はしないで、勉強する。って、聞こえはいいけど、それは、ブログを一年休んでお勉強に精を出す。その禁欲的な感じに酔っているただの莫迦。ってことですね。

ブログを休んで、何かいいことがあったか?
ない。ないなー。

言語化する努力をしなくなるから、自分の中に「わけのわからないもの」を溜め込んでいくことになる。そしてシェアする場がなくなるから、どんどん意識が閉じていく。そうすると「わけのわからないもの」が自分の中で発酵して、自分が嫌なヤツになっていく。この一年でそういうプロセスがちゃくちゃくと進行しました。

最初、なんでこうものの見方がねじくれてきたのか、よく分かんなかったんだけど、そういうことではないかと。いやびっくりするくらい、ヤなヤツになったわ。

あ、新しい本を(あまり)読んでいない、ってのも大きいな。参考書とかテキストばっかり繰り返し読んでるけど、これは読書ではない。世界が広がらないもの。

ってわけで、本を読まない、文章を書かない生活がどんなものなのか、図らずもその一端を垣間見た気がするなー。

そのヤな感じには、もう辟易したので、ボチボチと、復活したいと思います。そうですね、15分一本勝負で殴り書き、ってことで。質より量だぜ。ボコボコ。

それでは、良いお年をお迎えください〜。

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2012年12月31日 (月)

年末ですね

タブレットが流行ると、情報に受け身な人が増えるのではないかしらん。キーボードがついていれば、なんとなく書く気になるけど、タブレットじゃねえ。iPadのキーボードはそりゃ良く出来ているけど所詮はオマケだよな。大体二倍の時間が掛かる。

って、イキナリ何の話かってーと、ブログ更新サボってた言い訳です。気がついたら3ヶ月近く放ったらかし。やれやれ。3ヶ月放っておくと、訪問者数はどうなるか?→こうなります。

20121231_143708_2

うーん、グラフではそれほど劇的に減ったようには見えませんかね?

でも実感としては激減、って感じ。100人/日だったのが10数人/日になったとゆーか。記事を書いてないんだから当たり前なんだが。

で、なんで書いてないんだろう?って考えると、お勉強してるからってのもあるんだけど、もっと直接的にはWEBをiPadで見る習慣が身についちゃって、書くのが面倒だったってのが大きい。MBA(=MacBookAir)の電池がヘタって来ているので、あまり部屋の中を連れ回せなかったんだな。ヒモ付き、ってヤだよね。
ってわけで、気がついてたら読んでいた本、その3。
ソロモンの偽証◎ 宮部みゆき
週4時間だけ働く◯ ティモシー・フェリス
不安定からの発想◯ 佐貫 亦男
良い戦略、悪い戦略◯ リチャード・P・ルメルト
マンダラの理論と実践◯ ジュゼッペ・トゥッチ
人間における勝負の研究◯ 米長邦雄
他にもなんかあった気がするが、まあいいや。
ソロモンの偽証は面白かった!宮部みゆき、いいなあ。憑依体質だなあ。昭和の、少年少女を書きたいんだよねえ。上中下巻、全部で2,000ページ超えてると思うけど、読み出したら止めらんない感じ。恥ずかしながら泣いてしまいましたよ。
うん。ただだらだら書くのも悪くないかも。手許にキーボードがあるだけで、取り敢えず、なんとなく書いてしまう。それはそれで気分転換にいいな。読む人にとっては、なんじゃこりゃ、なんだろうけど。ごめんね。
ってわけで、良いお年をお迎え下さい〜。

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2012年10月 8日 (月)

気がついたら読んでいた本その2

早ええよ。もう10月だよ。びっくりだ。

8月のお盆頃に改善多項制について悩んでブログ上で色々教わってた、あれからもう2ヶ月も経つの?そんな馬鹿な。
この2ヶ月、勉強したか?そしてそれは身についたか?地道に条文素読と過去問やってるんですけれども。

どうなんだろう。なんだか自信がないなー。

とか考えてても仕方ないね。

ってわけで気分転換に、気がついたら読んでいた本その2ってことで。因みにこの読んで「いた」ってのは完了だけではなく進行形を含みます。

会計リテラシーが仕事も人生も変える! 久保憂希也 ◯
イメージでモノにする!英語基本動詞ドリル30 森本俊・細井京子 ◯
最終講義 内田樹 ◎
スケッチは3分 山田雅夫 △
一生モノの英文法 澤井康佑 X
知財戦争 三宅伸吾 X
1分スケッチ! 山田雅夫 △
新・特許戦略ハンドブック 鮫島正洋 途中
知的財産会計 広瀬義州 途中
知財信託の基本と仕組みがよーく分かる本 渡辺宏之 途中
黒船特許の正体 松倉秀美 X
なぜ日本経済は世界最強といわれるのか ぐっちーさん ◎
人生がガラリ変わる!美しい文字を書く技術 猪塚恵美子 ◯
TPP知財戦争の始まり 渡辺惣樹 △
テルマエ・ロマエⅤ ヤマザキマリ ◯

へえ。結構読んでんな。ってか、いいのか?これでいいのか?随分偏ってますが。
そう意外なことに小説の類を一冊も読んでないんだなー。(いやそこじゃなくて!)ああーそう思ったらなんだか無性に読みたくなってきた。これはヤバイ。(いやだから!)

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2012年8月13日 (月)

人間界に夏休みがあるならば、ブログ界にも夏休みはある、しかし・・・

ケータイでご覧になってる方には、なんのこっちゃ、なんですけど、PC版でこのブログを見ると、ページ右のサイドバーには、カレンダー、最近の記事、に続いて訪問者数のカウンタがついていますね。iPad(縦)で見るとちょうど右まんなかあたり。ね?先日気がついたらそれが77733、とかだったわけです。おお、こりゃもうすぐ77777人じゃないか、いやめでたいめでたい(って何がだろ?)、とか思っていたのですが、今日気がついたら77952,通りすぎてやんの。

まあこれは通過点に過ぎませんから。ってそれはそのとおり。

消尽論と改善多項制の話題で、たくさんコメントを戴き、アクセスも増え、ピーク時は一日200名を超える訪問者があったのですが、ここ数日アクセス急降下。昨日なんて40数名。それも昔書いた書評関連のアクセス中心。

なんというか、ネット世界も全体的に夏休み、なんだなあ、と思ったことであります。そりゃまあ、サマーバケーション、どっか遊びにいくわな。そしたらネットなんて見るひまないし、ましてカキコなんてしないよねえ。

しかし!人間界は夏休みでも、ブログ界はサマーバケーションでも、受験生には、そんなものはない!ないんだあ!!

ってわけで、下の息子(高3)は今もせっせと(自宅で)お勉強してます。暑いのによくやるな。偉いぞ。ってそれはオレもか。

夏休み、おウチでお勉強。疲れたら読書。これはこれで、なんだか幸せですなあ。一週間もあるからね。アマゾンでどさっと注文してしまったぜ。殆どが知財関係の読み物ってのが、ちょっとマニアック過ぎて悲しいか。

さて、改善多項制。ワタシ的には論点は整理できた、気がしてます。これはねえ、意外と根の深い問題でしたな。あまりに基本的根本的なことであるが故に逆に盲点になっているってかんじ。歴史的経緯(一発明一出願から多項制へ)も絡む。試験に受かったら、判例を丁寧にチェックしてみたいと思います。直感だが裁判官の中にもここの理解がヤバい人がきっといる。

以下、最近のコメントをコピペしておきます。このコメントの元となったコメントへのリンクはこちら。そもそもの発端となった改善多項制の記事へのリンクはこちら
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さて次の話題です。特許権は、特許(という行政処分)ごとに発生します(66条)が、特許権が、特許(という行政処分をされた客体)ごとに存在しているのか、請求項ごとに存在しているのか、意見が分かれている、のですよね?

ワタシ、最初一企業内弁理士様の言わんとすることがよく分からなかったのですが、読み返すうちに漸く、理解できました。なるほど!おもしろいおもしろい。これはアタマの中の理解のレベルが一段階上がった感じがします。

つまりこれは、特許権とは具体的に何なのか、というイメージの問題なのだと思います。さて、ここからしばらく、用語は法律を離れ、文学的になること をお許し下さい。(いやホントは法律用語で書かなきゃいけない、書きたいんですけど、そのチカラがワタシにはまだない、たぶん。)

確かにワタシは特許権の行使、という言葉を使うときに、抽象的な意味で使っていました。一企業内弁理士様がいいたいのは、その特許権の行使とは、抽 象的なもんぢゃなく、具体的に「請求項1のこの物を実施(例えば生産)しとるやろ(だから差し止めるぞ)」と「言う」こと、だろ?ということですね?

そう理解すると、特許「権」が(つまり権利が)、具体的に「請求項」の「形をしている」のが、くっきり見えるような気がします。なるほど。特許権は確かに請求項の形をしている。逆に言えば、そのように具体的な形をしていないと、この権利は使いようがないのだな。

そこで翻って考えてみると、ワタシのイメージは、特許(査定という行政処分)によって、請求項の数だけの「権利の形」を持つ特許権が(ひとつ)成立する、とい うもの。発明は技術的思想の創作ですから、その中心にあるのは、発明された物(ブツ)でなく、思想ですよね。それを権利行使の際、外縁がはっきりするよう にブツやら方法やらに具体的に落としこんだもの、これが請求項というものであると。

だから、請求項ごとに特許権がある、ように見えるのですが、それらは根っこの部分の「思想」は同じなのです(単一性の要件)。と思っている。

ワタクシ思いますに、この部分を、あたかも各請求項ごとに特許権がある、というふうに思ってしまうと、BBS判決を読み誤る、のではないか、と。

適法に譲渡したってことは、その色々な形を取りうる思想を、ある具体的な形に落としこんで、その対価を得たわけでしょう。だからその時点で(その製品に係る)その思想 の賞味期限は切れたんだよね。その上再度権利行使して二重利得を得ることは許されないよっと。BBS判決が言っているのは、ただそれだけのような気がする んですけど。

>消尽するか否かは、特許権者が二重に利益を得るか否か(以下、二重利得論といいます)で判断するのが、通説

なぜこの読み方になるのかが、どうも分からないのです。(因みに判例百選は所持しております、BBS判決は傍論部分は流してあって、あまり役には立ちません、Webの判決文コピペが一番と思いました。)

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コメント投稿時、説明不十分だった部分に、かっこ書きで補足を数ヶ所入れてあります。さてこれで一気に見通しがよくなった、気がしていますが、さて?

あくまで一受験生の考えた悩み多き議論ではありますが、これはこれで興味深い視点ではないかと。議論の内容、展開、等に関するツッコミ、等々ありましたらご指導ご鞭撻、よろしくお願い致します。

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2012年8月 5日 (日)

特許権の消尽と改善多項制(つづき)

しっかし、ネットって、すごいね。ブログでこんなに濃ゆいレクチャーを受けられ、議論ができるなんて。いやそれもこれも一受験生の素朴な疑問にいちいちちゃんと応答してくれる奇特な方がいらっしゃるからで。もういくら感謝してもしきれないくらい。skiplawさま、中堅実務者さま、一企業内弁理士さま、あのーさま、その他見ていただいている方々、ホントにありがとうございます。(コメントの最初っからへのリンクはこちら

以下コメントからコピペ。

1.「**を特徴とする糸」の発明と「**を特徴とする糸を使用した織物」の発明との関係について
ワタシとしては、これら2つは同一発明である、という立場を採ります。根拠は39条の審査基準です。発明特定事項は「**を特徴とする」であって、糸と織物という、実施の態様が異なるだけで、技術的思想は同一といえるからです。糸と織物だから別発明である、とはいえないということです(2条1項)。
以下審査基準を引用します。
第 39 条により発明が同一か否かの判断の対象となる発明は「請求項に係る発明」である。第 2 条によれば、発明は、自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものとされているから、発 明が同一であるか否かの判断は技術的思想の同一性を判断することにより行う。たとえ実施の態様が一部重複しうるとしても、技術的思想が異なれば同一の発明とはしない。

一方、中堅実務者様は新規な化合物Aの例を例示され、実務上は特許庁はそのような判断はしないようだ、と仰っているようです。この点については、引かれている例は事案が異なっていて、用途発明として特許されたのだと解釈し得る、と思いますが、如何でしょうか。

そう考えると、中堅実務者様の
>なお、個人的には、そもそも、「**を特徴とする糸」と、「**を特徴とする糸を使った織物」とは、織物等に用いる「**を特徴とする糸」について、先行技術に存在していた何らかの課題を解決し特許性が認められた、実質的に同一の発明について、保護を求める範囲の表現を変えたもの同士なのではないか、と思っています。
>この考え方に立つと、両者を別々の出願でクレームしても、相互に実質的に同一の発明なので、39条1項又は2項により拒絶・無効になるということになると思いますが、
という部分とも平仄が合います。

2.権利の消尽について
特許権ごとに消尽するか、請求項ごとに消尽するか、学説が定まっていない、とのこと、ご教授ありがとうございます。それを伺って、ある種ホッと致しました。まったくの見当違いでもなかったんだなあ、と。

また、そうであるなら、ワタシとしましては、185条の規定振りから言えば、権利侵害に関しては、特許権は「一体不可分」だから、特許権全体として「消尽する」、という立場を採りたいと思います。またそのように解釈しないと、36条5項後段との関係から、同一の発明が消尽せず結果として二重利得を生ずる事態が起こりうるので不合理であるから、と付記しても良いかも知れません。

以上、ながながと書いてしまいました。ワタシの解釈の誤り、記載不備、ご質問、等ありましたら是非ご指摘よろしくお願いいたします。特に1.については、特許庁がそのような判断をしないとする他の根拠が提示されればあっけなく崩れる論証です。ご指導よろしくお願いいたします。

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2012年8月 2日 (木)

消尽論って奥が深いぜ!

コメント欄に書いたコメントを、記事としてアップするのは、ダメですかね?作法に反しますかね?と、ちょーっとその辺、迷いつつ、コメント欄っていろいろ不自由だし地味だし。書いたからには出来る限り日の当たるところで人目に晒され、叩かれて批判を受けるべきだと。

だって記事に起こしたほうがアクセス数伸びるんだもん。とゆーわけで、コピペします。(元の一連のコメントへのリンクはこちら

以下コピペ。
んでは、本題です。skiplaw様の論の核心は、
>BBSの判示によれば、A,B,Cの特徴を有する糸を販売すれば、全ての権利が消尽します。別の権利だから、二重利得でないという論理は成り立ちません。
という部分に集約されていると理解しました(間違っているでしょうか?)。

欠けている言葉を補い、整理すると、
skiplaw説(以下S説)
消尽については、対象製品に着目することで、その対象製品について特許権(一般)につき「消尽している状態」か、特許権(一般)につき「消尽していない状態」か、判断する。
根拠はBBS事件判決文第二節のうち、次の部分である。欠けている言葉(一般)をかっこ書きで補っておく。
「特許権者又は実施権者が我が国の国内において特許製品を譲渡した場合には、当該特許製品については特許権(一般)はその目的を達成したものとして消尽 し、もはや特許権(一般)の効力は、当該特許製品を使用し、譲渡し又は貸し渡す行為等には及ばないものというべきである。」

上記理解に立てば、ワタシの主張は誤りであることが明白です。別の権利であるかどうかは問題にもなりません。

しかし、ここでワタシが主張しているのはたぶん、BBS判決が言っているのは、上記の意味ではない、ということなのだと思います。
つまりこういうことです。上記と同様に、欠けている言葉(当該)をかっこ書きで補っておきます。
toppo説(以下T説)
「特許権者又は実施権者が我が国の国内において特許製品を譲渡した場合には、当該特許製品については(当該)特許権はその目的を達成したものとして消尽 し、もはや(当該)特許権の効力は、当該特許製品を使用し、譲渡し又は貸し渡す行為等には及ばないものというべきである。」

BBS判決文を、こう、読めば、「別の権利だから、二重利得でないという論理は」成り立つように思います。

そうすると、つまるところ、BBS判決をどちらの解釈で読むのか(BBS判決はどちらの解釈を判示しているのか)、という問題に帰着します。

ワタシは当然T説の立場に立つ者ですが、それだけでは説得力に欠けると思われるので(なんせ言ってる本人だから)、S説によって生じる不都合を指摘することでT説の擁護を試みたいと思います。

特許権A、特許権B、特許権C、があります。何れも糸に関する特許権で、相互に独立した(利用関係にない)発明特定事項を持ちます。

さて、ある糸αが特許権Aを持つ特許権者甲により業として生産され、乙に譲渡されました。

S説によれば、糸αは特許権者により適法に譲渡された特許製品ですから、「消尽した状態」にあり、他の特許権の効力は及びません。特許権B、特許権Cは出る幕がありません。

特許権B、特許権Cが、甲の所有する特許権である場合は、この結論で特に不都合はありません。
しかし、特許権B、特許権Cが他の第三者丙の所有する特許権で合った場合はどうでしょうか。丙は、権利を持っているにも拘らず、自己の特許権を行使することが出来ません。これは不合理です。

また、逆の立場から言えば、特許権を行使する場合は、対象製品が当該特許請求の範囲に含まれるかどうか(70条)、以外に、対象製品が「消尽した状態にあるかどうか」を調べなければならないことになります(新規の法理?)これは不合理です。

以上のことから、BBS判決に言う特許権の効力とは、「当該特許権の効力を言う」ものと解するのが相当であると考えられます。

以下にBBS判決の、上記判決部分の含まれる第2パラグラフ全文をコピペしておきます。核心部分を””で囲ってあります。(コメントには文字に色を付ける機能がないので)

因みに判決文が、「譲渡した場合には」として、殊更に通常の特許権の効力(68条、「専有する」)と区別するような書き方をしているのは、特許権の 権利行使と、特許権者自身の実施とでは、権利「全体が」用い尽くされているかという観点から行為の質に「差がある」ことを明確にするためであると思われ、 譲渡した場合に「当該権利の消尽」とは別の法理が働くことをいいたいのではないのではないか、と考えます。

以上を踏まえて考えると
1.別々の特許権として取れるなら別々の特許権として取る、そうすれば、夫々の特許権を行使できる。
2.別々の特許権として取れないならそれはひとつの特許権として保護されるべきものである。
ということになります。
そして、ひとつの特許権ならば、その特許権に係る特許製品の譲渡により消尽する。一方ふたつの特許権ならば、同じく消尽しますが、夫々の特許権に係る特許製品の譲渡ごとに別々に消尽する。
以上から「消尽論の効果は特許権ごとに生じ、請求項ごとに生じるものではないと解する」の解釈は適切であると思います。

如何でしょうか。
勝手に乱暴な要約をして、論を展開しているので、skiplaw様の主張とは外れたまるで見当違いの反論となっているのではないかと一抹の不安を抱きつつ、現時点ではこれがワタシのMAXの理解ですので、おそるおそる、反論として提出させて戴きます。

引き続き、記載不備のご指摘、ご質問、再反論等、ありましたら是非よろしくお願いいたします。

ではでは〜。

以下引用。
2 特許権者は、業として特許発明の実施をする権利を専有するものとされているところ(特許法六八条参照)、物の発明についていえば、特許発明に係る物を 使用し、譲渡し又は貸し渡す行為等は、特許発明の実施に該当するものとされている(同法二条三項一号参照)。そうすると、特許権者又は特許権者から許諾を 受けた実施権者から当該特許発明に係る製品(以下「特許製品」という。)の譲渡を受けた者が、業として、自らこれを使用し、又はこれを第三者に再議渡する 行為や、譲受人から特許製品を譲り受けた第三者が、業として、これを使用し、又は更に他者に譲渡し若しくは貸し渡す行為等も、形式的にいえば、特許発明の 実施に該当し、特許権を侵害するようにみえる。”しかし、特許権者又は実施権者が我が国の国内において特許製品を譲渡した場合には、当該特許製品について は特許権はその目的を達成したものとして消尽し、もはや特許権の効力は、当該特許製品を使用し、譲渡し又は貸し渡す行為等には及ばないものというべきであ る。”けだし、(1) 特許法による発明の保護は社会公共の利益との調和の下において実現されなければならないものであるところ、(2) 一般に譲渡にお いては、譲渡人は目的物について有するすべての権利を譲受人に移転し、譲受人は譲渡人が有していたすべての権利を取得するものであり、特許製品が市場での 流通に置かれる場合にも、譲受人が目的物につき特許権者の権利行使を離れて自由に業として使用し再譲渡等をすることができる権利を取得することを前提とし て、取引行為が行われるものであって、仮に、特許製品について譲渡等を行う都度特許権者の許諾を要するということになれば、市場における商品の自由な流通 が阻害され、特許製品の円滑な流通が妨げられて、かえって特許権者自身の利益を害する結果を来し、ひいては「発明の保護及び利用を図ることにより、発明を 奨励し、もって産業の発達に寄与する」(特許法一条参照)という特許法の目的にも反することになり、(3) 他方、特許権者は、特許製品を自ら譲渡するに 当たって特許発明の公開の対価を含めた譲渡代金を取得し、特許発明の実施を許諾するに当たって実施料を取得するのであるから、特許発明の公開の代償を確保 する機会は保障されているものということができ、特許権者又は実施権者から譲渡された特許製品について、特許権者が流通過程において二重に利得を得ること を認める必要性は存在しないからである。
・・・判例 H09.07.01 第三小法廷・判決 平成7(オ)1988 特許権侵害差止等(第51巻6号2299頁)

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2012年8月 1日 (水)

議論するって、なんだかわくわく、しますね〜

ってわけで、改善多項制、貴重なご意見ご指摘を戴き、個人的にはすっげえ盛り上がって来ています。うーん。やっぱり議論って素敵だ。

コメント欄の議論では新しい訪問者の人が気づきにくいとおもわれるので、以下、コメント欄への自分の最新のカキコをコピペしておきますね。(コメント欄へのリンクはこちら

さてこんな感じ。

糸の特許権(特許10001号)と、織物の特許権(特許10002号)の二つを特許権者甲が持っている場合を考えます。甲は特許10001号に係る 糸を生産し、乙に譲渡しました。乙は譲渡された糸を用いて特許10002号に係る織物を業として実施しました。この場合、特許10001号は特許製品たる 糸の譲渡により消尽しています(消尽論)。しかし特許10002号に基づく権利行使が出来ます(68条、100条等)。何故ならこの二つの特許権は別々の 権利だからです。そこでは二重利得は問題になりません。消尽も問題になりません。別の権利なのですから。

しかし、そうではなく、例えば「請求項1が糸、請求項2が織物である」特許10003号の場合は、これは権利はひとつですから、甲が乙に糸を譲渡す ることで権利は消尽し、乙の業としての織物の実施に対して権利行使できません。権利行使するならばそれは二重利得であり、問題となります。一つの権利なの ですから。

それならば世の発明者は別々の特許権として特許を取得するに決まっている?いえ、そんなことはない。

まず第一に別々の特許権として取れない、場合があります。元々の出題を見ていただきたいのですが、請求項1が「・・・を特徴とする糸」、請求項2が 「請求項1の糸を使った織物」(所謂従属項ですね)なので、請求項2はそもそもこれだけで特許は取れないのです。これをはっきりさせるために、但書「但し 請求項2に於ける発明特定事項は、請求項1のみであり、織物自体に別の発明特定事項が存在するのではないとする。」を付けたのでした。

また、上記但書がない場合、即ち、織物自体に別の発明特定事項が存在する場合、ということもあり得ます。この場合、特許査定謄本送達(拒絶査定不服 審判後の特許査定謄本を除く)から30日以内であれば出願の分割が出来ますから、分割して別出願にし、その別出願が特許査定されていれば、これは二つの特 許権となりますから、最初に書いた10001号と10002号の二つの特許権がある場合、と同じことになります。即ち夫々別の権利ですからどちらも権利行 使できる、ということです。
(それとも織物に別の発明特定事項があった場合、発明の単一性(37条)を満たさないとして実際には拒絶査定が来る(49条4号)?その場合であっても分割して37条違反を回避しつつ別途権利化という結論には違いはない。)

以上をまとめると、
1.別々の特許権として取れるなら別々の特許権として取る、そうすれば、夫々の特許権を行使できる。
2.別々の特許権として取れないならそれはひとつの特許権として保護されるべきものである。
ということになります。
そして、ひとつの特許権ならば、その特許権に係る特許製品の譲渡により消尽する。一方ふたつの特許権ならば、同じく消尽しますが、夫々の特許権に係る特許 製品の譲渡ごとに別々に消尽する。これはごくまっとうな結論であって、裁判所が好んで採用するところではないかと思います。
以上から「消尽論の効果は特許権ごとに生じ、請求項ごとに生じるものではないと解する」の解釈は適切であると思います。

いやー何がいいって、ブログ書くことがそのままお勉強になるじゃないですか。一石二鳥とはこのこと。わお!

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2012年7月28日 (土)

答えは、自分で、なんとか、しろ、と!

ってわけで、改善多項制、もっと多方面からコメントがつくかと思いきや、全然そんなことはなくて、なんだか拍子抜け。まあねえ。一受験生のマイナーな疑問に過ぎないからなあ。そうそう盛り上がりようもないか。しかしそれはそれ、ワタシ自身はワタシ自身として結論をださなきゃなんない。ってわけで、こんな感じか。

【問1】
請求項1「**を特徴とする糸」、請求項2「請求項1の糸を使った織物」、の2つの請求項からなる特許権Aがある。特許権Aは甲と乙の共有に係る特許権である。甲は請求項1の糸を生産し、丙に販売した。丙は甲から購入した糸を用いて、請求項2に係る織物を業として生産した。この場合、乙は丙に対して請求項2に基づき権利を行使することが出来るか。但し請求項2に於ける発明特定事項は、請求項1のみであり、織物自体に別の発明特定事項が存在するのではないとする。

【答え】
乙は丙に対して請求項2に基づく権利を行使することは出来ない。理由は以下の通りである。

1.権利の消尽について
特許権者は権限なき第三者の業としての実施に対して特許権を行使することが出来る(68条)。ここで実施とは、2条3項各号に定める行為をいう。本問において乙は特許権者であり(33条)、乙はその持分に応じて権利行使できる(33条)とも考えられる(実施行為独立の原則)。

しかし、適法に販売された特許に係る商品についてはその権利は消尽するので、乙は権利行使することは出来ない(消尽論)と解する。商品の自由な流通の阻害の防止若しくは取引の安全確保のため、及び、特許権者の二重利得の防止のためである(最高裁BBS判決)。

2.改善多項制について
ここで、請求項1と請求項2は夫々独立した特許権であり、請求項1が消尽しても請求項2は消尽しない、とも考えられる(185条で準用する27条1号1項等)。しかしながら消尽論の効果は特許権ごとに生じ、請求項ごとに生じるものではないと解する。理由は以下の通りである。

1)185条における51条、66条、68条の不準用
特許法は、特許請求の範囲の記載について、請求項ごとの記載を認め(36条5項本文)、2以上の請求項に係る特許又は特許権について、規定の条文については請求項ごとに特許がされ、又は特許権があるものとみなす(185条)。ここで拒絶理由を有しない出願は特許査定され(51条)、特許権(68条)が設定の登録により発生する(66条)が、これらの条文は185条に準用されていないので、特許査定も特許権の設定登録も特許権も、請求項ごとにあるものとはみなされない。即ち本問においては請求項1に係る糸が丙に販売された際に、請求項2を含む当該特許権全体は消尽している。尚、185条に於いて、27条1項1号が準用されているが、これは特許原簿への登録に於ける形式についての規定であり、権利そのものが請求項ごとにあるとみなす規定ではない。

2)36条5項但書
法は、特許請求の範囲の記載について、一の請求項にかかる発明と他の請求項に係る発明とが同一である記述となることを妨げない、と規定する(36条5項但書)。発明の多面的保護のためである。同一である記述の請求項に基づき、二重に権利行使することは法目的に反するので(1条)、36条5項の規定は権利が請求項ごとに存在するのではないことを前提にしているものと考えられる。

以上

うーんうーん。もっと綺麗にまとめられる気がするのはいつものこと。出来の悪い答案を満天下に晒すような居心地の悪さを感じるが(って比喩にもなんにもなってないやんけ!)、まあ、自分で蒔いた種だ、しょうがない。えーっと、生産的なツッコミ、添削等ありましたらコメントよろしくお願いします。別解模範解答ならなおいいです。

論文の書き方、いや文章一般についての、書き方、もっと勉強(とゆーか修行とゆーか)しないと駄目だよなー。

終わってみれば客観的に見て論点ですらないなこれ。さて次ぃ!

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2012年7月22日 (日)

【疑問】改善多項制って

先日の疑問が未だ解けず、モヤモヤしております。
コメント欄にリンクを貼って置きます)
あれから色々と考えたのですが、これは消尽論の問題というよりは、改善多項制の問題なのではないかと。

つまり私が(受験生として)わかっていないのは、改善多項制における特許権の効力(及びその根拠)、とでもいうべきことなのだと思います。即ち請求項 1,2,3からなる特許権(特許12345号とします)が存在するとして、適法に販売された「請求項1に係る物」で購入者が「請求項2に係る物」を生産し た場合、それが特許権侵害になるのか、ということです。

それを別の面からいうと、特許権の行使の際に、「特許12345号により」権利行使する、のか、「特許12345号請求項2により」権利行使する、のか、実際はどっちなのだろうか、ということかと思うのですが。

んで、これは、たぶん実務をやってらっしゃる方にとっては自明のことなんですよね?そうかぁ。そうするとやっぱ**さんの解釈(権利侵害になる)が正しいのか・・・?ショック。

でもなー。だったらわざわざ「一の請求項に係る発明と他の請求項に係る発明とが同一である記載となることを妨げない」(36条5項)って書くか?夫々が別個の権利になりうるのに?ワタシ、5項の但し書きは「どーせひとつの権利なのだから」と読んでましたよ。

ああもう。まさかここで悩むなんてねえ。日暮れて道遠しですなあ・・・(涙)。

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2012年7月19日 (木)

【疑問】今更ながら消尽論、発明の単一性、ってアンタ

手を抜かずブログ更新、みたいなコト言っときながら気がついたらサボってるってのは、良くない。ホント良くない。反省してます。
ってゆーか、ブログって書かずにいると書き方忘れてしまうんですな。何事も継続が大事だなあと一般的な結論に逃げたところで本題です。

基本的なところで今更ながらちょーっと首を傾げておりまして、どなたかお助け戴ければありがたいです。

特許権Aがあります。請求項1が「・・・を特徴とする糸」、請求項2が「請求項1の糸を使った織物」、請求項3が「請求項2の織物を使った衣服」、とします。この場合、発明特定事項は、請求項1,2,3で共通しますから、発明の単一性の要件は満たします(よね?)。特許権Aは共有に係る特許権で、特許権者は甲aと甲bと甲cの3人です。(7/20 4:22 共有に係る条件部分等を追記、修正)

ここで特許権者甲aは請求項1の糸を生産し、乙に販売しました。乙は甲aから購入した糸を使って織物を生産し、丙に織物を販売しました。丙は乙から購入した織物を使って衣服を生産しました。

この場合、甲bは乙に対して特許権を行使しすることが出来るでしょうか。
また、甲cは丙に対して特許権を行使することが出来るでしょうか。

私は、甲の特許権は「糸」を乙に販売したときに消尽するので、乙に対しても丙に対しても行使できないと、思っていました(消尽論)。ところが、**さんは、乙に対しても丙に対しても行使できる、というのです。

その論拠はこうです。
確かに請求項1については消尽しているが、請求項2については消尽していない。請求項1,請求項2、請求項3は、夫々独立した特許権であるので、請求項2について行使できる。請求項3についても同様。

**さんは私よりも特許法に詳しいと信じるに足る理由があるので、「ええ!?」と思いつつ、ウチに帰って考えてみたのですが・・・。やっぱりどうしてもしっくりと来ない。この解釈では、特許権者が二重取り三重取り出来てしまうように思えてならない。これがOKとなると、所謂「部品」とか怖くておちおち買えなくなるじゃねーか!って思うんですけど・・・。

わたし、間違ってますか・・・?

まずは条文から考えてみました。ポイントは185条だと思うんですよ。
185条(二以上の請求項に係る特許又は特許権についての特則)で挙げられている条文のうち、この件に関係の有りそうな、というと、27条1項1号くらいかな、と思います(よね?)。

そうすると、問題は「27条1項1号」の解釈及び、185条の「・・・規定の適用については、請求項ごとに特許がされ、又は特許権があるものとみなす。」の解釈、ということになると思います。

つまり、「特許権の設定等については、請求項ごとに特許がされ、又は特許権があるものとみなす。」という条文の持つ意味の解釈の問題に帰着します。即ち、ここから、特許権は請求項ごとに3つあり、糸についての特許権、織物についての特許権、衣服についての特許権、と3回、行使できるのである、というのが**さんの解釈なのではないかと。文言上はこれは間違ってはいない?

しかし、私としては、法令集を繰り、上記結論に至り、しかしそれでも納得がいかない。

それは、二重取りになるっしょ?という感覚的なものなのですが、後付けで条文から理屈を考えると、もしも特許権の「効力」が請求項ごとに行使できるというのであれば、185条に68条が挙げられないとおかしいのでは?それをわざわざ27条1項1号を挙げてあるのは、「効力」についてでなく、「形式」について述べているということではないのか?ということになるのですが・・・。

いやー、今更こんな基本的なことで悩むなんて、情けないやら、悲しいやら、恥ずかしいやら。ですが、本人至ってまじめに悩んでおります。どなたか、結論の妥当性とそれが導かれる根拠につき、ご教授願えれば幸甚です。コメント、お待ちしておりますぅ。
(さすがにこれは15分では書けなかった。ああもう。時間が・・・って、これはお勉強の一環だからいいのか。)

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2012年7月 8日 (日)

気がついたら読んでいた本

書評を書くとなるとそれなりにチカラが入ってしまって、どうしても時間が掛かる。それは受験生にとっては死の罠、なので、試験直前期、読んだけど書評に至ってない本、というのが、何冊かある。(ってゆーか、読むなよ直前期にな)結局書評者としてのアイデンティティをとるか、受験生としてのアイデンティティをとるか、迷った末、受験生としてのアイデンティティを取ってしまった、ってことなんですねえ。

しかしやはり読み手としての責任ってものがありますから、一応ここにリストアップして置くことにする。・・・そーか、ネタが無いときに思い出して書けばいいのか。よしよし。(って、覚えていればな。今回リストアップしてて思ったが、読んだら書いておかないと、感想ってすぐ忘れるのな。あんだけ感動したのに!→極北。やっぱ読んだら書く、これ基本な。)

関西赤貧古本道      山本善行
極北           マーセル・セロー
宇宙の果てのレストラン  ダグラス・アダムス
デカルトの誤り      アントニオ・R・ダマシオ
経済予測脳で人生が変わる 中原圭介
私の資産告白       本多静六

試験直前期でも1冊/月は読んでた訳か。ってゆーかもっと読んだ気がするが、すでに思い出すことすら出来てない気が。←記憶力やばいな。そら短答落ちるわな。

え、もう時間オーバー?ではでは。

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2012年6月24日 (日)

今年の短答試験は

っていうタイトルの記事を去年も書いたよなあ。
一年、早いものですな。

ってわけで、今年も、短答、落ちちゃった。ぐっすん。2点、足らんかった。
うーん。予定外だなー。今年一気に合格まで行ってしまう予定だったんだけどなあ。

しかしこの結果は、正直に言うと、予想外ではない。(だからなんだ。)(えっ。)
いや自己採点でわかってたでしょ、ってな話ではなく、今年はちょーっと難しかろう、とわりと早い段階から予想していたのだ。具体的には2月頃。いやそれ勉強してなかったんでしょ?っていうツッコミは、イタイけれど当たっている。後半の伸びを欠いたなあ。集中力が欠けた状態でダラダラとやってしまった結果がコレなんだよな。

ちょーっと体制を立て直して、2013年は、なんとかします。はい。

ブログの更新とか、そういう諸々を削って集中しようとしたのが間違いだな。オレ、捨てて集中、って嗜好としては好きなんだけど、向いてないんだよ。いやそれは知ってたんだけど、つい誘惑に負けて「捨てて集中」体制を組んでしまった。これが2012年の敗因だと。

よし、15分単位で切り替える、2013年はこれでトライしてみようと思う。雑事に関しても削らない。なんでもかんでも手を出す、って方針で。我ながらオレもめげないなあ。

ってわけで、早速ブログの更新だあ。読んでる人がいるかどうか、ま、それは置いとくとしてね。いやしかし半年近く放ってあったんですね。信じられないな。ああ規定の15分。復帰第一作記事がこんなんでいいのか?いいのだ。

ではでは。

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2012年1月 3日 (火)

【書評】銀河ヒッチハイク・ガイド 著者:ダグラス・アダムス

銀河ヒッチハイク・ガイド読了◎。原題は「THE HITCHHIKER'S GUIDE TO THE GALAXY」。主人公のアーサー・デントはイギリスの田舎に住んでいる冴えない放送作家。ある木曜日の午後、地球は銀河外縁部開発計画に基づく超空間高速道路の建造のため、取り壊された。(最寄りのアルファ・ケンタウリの出張所に公示があったのだが、人類は迂闊にも気付かなかったのだ。)最後の地球人となったデントは、友人の異星人(と判明した)フォードと一緒に宇宙を旅することになる。頼りはあのベストセラー本、銀河ヒッチハイク・ガイド。(表紙には大きくDON'T PANIC!と。)

ダグラス・アダムス、早速読んじまった。もっとゆっくりゆっくり読もうと思ってたんだが、そんなこと出来るわけない。どんどん読んでしまう。てゆーか、あっという間だ。わお。SFですSFです!

この一本芯の通ったシニカルなギャグの連打、徹底的にナンセンスなシチュエーション、いいねえ。好みだ。んでもって、でありながら、実はストーリーはよく作り込まれているいるし、実は伏線は巧みに張られている、そして実はテーマにブレはない。なんというか、一貫してこの世界に真剣にギャグで異議を申し立てる感じ、とでもいうか。そう、無神論者が正面からギャグを噛ましてる(若しくは喧嘩を吹っかけている(或いは虚仮にしている))感じがなんとも面白い。誰に向かって?それはたぶん、そこに居ない神様に向かって。

さーて、次は宇宙の果てのレストラン、だな。注文しなきゃ。

おっと、忘れてた、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します。ではでは。

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2011年12月30日 (金)

【書評】これが見納め―― 絶滅危惧の生きものたち、最後の光景 著者:ダグラス・アダムス、マーク・カーワディン

これが見納め読了◎。副題は「絶滅危惧の生きものたち、最後の光景」。イギリスのSF作家ダグラス・アダムスが、地球上の絶滅危惧の生きものたちに出会う旅に出た、その旅行記。彼らが棲むのは辺鄙な辺鄙なところ。(なぜかと言うに、人間の近くに棲んでいた連中は既に絶滅してしまったから。)飛行機を乗り継ぎ、若しくは無人島にわたり、或いはサバンナを歩いて、それともジャングルの中で野宿して。ひとめその姿を見るために、ただそのために。

相棒は動物学者のマーク・カーワディン。デコボココンビ二人の現地人との抱腹絶倒のやりとりあり、文明と進化についてのピリッとした考察あり、そして「彼ら」に対する深い愛情に満ちた描写あり。面白くほろ苦くそして魂を揺さぶられる一冊。是非是非一読をお薦めします。

イギリス人らしい、皮肉で内向的でユーモアに富んだ文章がとても良い。扱っているテーマは実はシリアスで重たい、んだけど、敢えてそれを感じさせない文章だよね。文章の波長が相性ピッタンコだなあ。

そうなのよ。ダグラス・アダムス、読んでなかった。SF者としてはこれはきっと大ポカ。ナンセンス・フェチとしても。とゆーわけで銀河ヒッチハイク・ガイドをアマゾンで注文(いつ読むんだいったい?)。ついでにAmazon.comでは原書をダウンロード(だからいつ読むんだよ?)。

えーと、せっせと四法対照に書き込みながら、息抜きに読むくらいは許されるのではないかと・・・。なんだかんだでもう2011年も終わり。短答まであと半年弱。早えなー。

なんだか纏まりがなくってすんません。朝から短答漬けで脳みそが働かん(ほんとにか?)。えーと、それではみなさま、良いお年をお迎え下さい〜。

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2011年12月18日 (日)

【書評】おおきなかぶ、むずかしいアボカド 村上ラヂオ2 著者:村上春樹

おおきなかぶ、むずかしいアボカド読了○。雑誌「アンアン」に連載中のエッセイ、村上ラヂオを一年分まとめたもの。

いつものノリの、肩の凝らない軽いエッセイ。アンアンだしね。楽しく読ませていただきました。変わってないよねー。この人の正直で真面目なんだけどユーモラスな感じが好きだなー。こんな風に生きていきたいと思います。うん。

いつだったか、たしか「卵と壁」のスピーチの時かな、動画を見て、いきなり顔がおじさん化してたんでびっくりしたことがあったが、この本読むと中身は変わってないんだな、と安心する。昔からの読者の人はきっとこの感じ、わかるんでないかなー。

逆にあとがきで挿絵家が舞台裏の話をしたり、お礼を読者にでなく村上春樹にしている図ってのは、なんだか違和感があるんですけど。村上春樹が世の中に認められていくのは一ファンとして純粋に嬉しいんだけど、それがこういう「偉くなったのに書いてもらえて光栄です」的な扱いをされているのを見ると、それはちょっと違うだろ、って思う。本人もそんなん鬱陶しいだけなんではないかしらん?せっかく本人がおんなじようにやってんのに、回りがぎくしゃくしてちゃあ興が醒めるってぇもんだよ。

顔がおじさん化してても、中身は変わらない、こともある。前回の話題、変わらない内面の話にも繋がりますが。というわけで、アンケートを取ってみることにした。そういえばココログのツールにそういうのがあった気がするが、だめだ。見つけられないな。ってわけでいまwebを検索したら、アンケート作成ツールがあったので試してみることにする。

アンケートを行うにはここをクリック

質問はひとうだけ。自分の内面を覗いてみて変わったと思うかどうか、だけ。
これに何の意味があるのか。意味はない。でも回答がある程度溜まったら発表してみることにします。思いつきでなんでもやれるのがネットのいいとこだな。

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2011年12月10日 (土)

久しぶりに会う友達に会って思うこと

週末、ちょっと帰省してました。会社は有給とって、一泊二日で。両親とも実家(熊本です。あ、くまモンがゆるキャラグランプリだそうで。おめでとうございます。)でまだ存命しているので、年に一回は顔を見に(或いは見せに)帰省するってのが、子供としての最低限の義務かな、って思うので(我ながらハードル低っ!)。

んで、夜は、小学校のときからの友達と飲んで、アホな話をして、帰って来る。これが年末恒例の行事となっております。今回は私を入れて三人で。獣医と外科医と弁理士(予定)。自分の知らん業界の話は面白いねえ。知ってた?太ってる人を手術すると脂肪が邪魔で邪魔で、思わず看護婦が罵るのを聞きつつ執刀する(「このデ*め!」)ことになるんだって。だから今度、保険の点数に脂肪加算が導入されるとか(もちろんウソだが)。

んで、二人に、自分の内面て自分にしか分かんないでしょ?自分の内面を覗いて見ると、10代のころとちっとも変わってないんで、驚くんだよね(普段からね)。って話をしたらば、後の二人からは、「そりゃそうだオレもだ」「当然だ」みたいな反応が返って来てほっとすると言うか嬉しいと言うかそんな気持ちがしたんだが。

実は「自分の内面云々」の話をして、そういう反応が返ってことは滅多にないんだよね。普通は「いやいやそんなことは」とか「またまたあ」みたいな話になるんだよ。本気にしてもらえない。で、ええーっ、成長してないの、オレだけ?って不安になってたのですが、今回、同意してもらって超安心した。

さて、ここで考えたわけですよ。たまたまこの三人は40過ぎても10代のころから内面がちっとも変わってないのか。それとも40過ぎても10代の頃と内面がちっとも変わんないような三人であるがゆえにこの三人は10代の頃に知り合っているのか。偶然か必然か。

だいたい、内面が変わった、変わるものである、変わるべきである、ってヤツの話を聞くと、それって社会的な役割とセルフイメージが一体化しているだけじゃん。ってのが多いんだよな。私は部長である、私は医者である、私は父親である、みたいなね。「役割」と「私」は別だよ、って思うけど、もう一体化しちゃってるから会話も咬み合わない。

逆に言うと一体化してない(出来ない)オレらみたいな人種は、ちょっとした違和感を常に抱きつつ、社会で「役割」を演じてるんだよな。うん。そういう意味ではオレ、昔よりウマく演じる自信は、あるな。

必然だよなあ。どう見ても。こういう友達は大事にしなきゃね。

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2011年11月20日 (日)

【書評】ハーモニー 著者:伊藤計劃

ハーモニー読了◎。21世紀前半、北米の内乱に端を発した戦争は世界中に伝播し、使用された兵器の影響による新しい疫病が世界を覆った。<大災禍(ザ・メイルストロム)>と呼ばれるこの時代を経て、21世紀後半の地球上では権力としての国家は消滅し、代わって生府(ヴァイガメント)による統治が行われている。人を、公共のための貴重なリソースとして大切にする、共感と思いやりに満ちた社会。人々はナノマシンWatchMeを体内にインストールして医療サーバの管理下にあり、病気や痛みとは無縁だ。

おとなになること=WatchMeを体内にインストールすること=医療サーバの管理下に入ること。そして、おとなになること=おもいやりに満ちた人間になること=お互いがお互いを慈しみ支え合うこと。

そんな、清潔で調和のとれた社会に違和感を抱き、女子高生御冷ミァハ、零下堂キアン、霧慧トァンの3人は拒食による自殺を企てる・・・。

ああ。読み終わってしまった。いい。いいなあ。勿体無いので、惜しみ惜しみ読みました。伊藤計劃さんの本、2冊目ってことで。「虐殺器官」と地続きの、「虐殺器官」後の世界。ざっと数十年後の。それで、いきなり「女子高生」ですぜ?凄えな。

深く考えさせられる本でもありました、ワシにとっては。実はいろいろ言いたいことはあるのだが、ネタバレになるからなあ。でもこのブログに書くのはちょっと違う気がするな。ってわけで、考察については又の機会に。

とにかくSFとして、小説として、とても面白く、せつなく、且つ考えさせられる本です。日本SFの底ヂカラだなあ。日本でなければ書けない。SFでなければ書けない。伊藤計劃さんでなければ書けなかった。ああ。ぜひぜひ一読をお薦めします。

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2011年11月 6日 (日)

【疑問?】不正競争防止法の2条1項13号の品質誤認て?

たまには勉強ネタを(笑)。
不正競争防止法を勉強してて湧いてきた疑問です。まあ試験とはあんまり関係ないな、どっちかというと実務的なことなんですが。
分かりやすくするために、商標「ぶどう」指定商品「パン」で商標登録出願し、拒絶された、としましょう。4条1項16号の説明で必ず出てくる例ですな。

さて、商標法4条1項16号違反として拒絶された商標を、登録なきまま使用することは、商標法上は問題ない。(問題ないよね?)
しかし(問題になるとすれば)不競法2条1項13号で問題となる。(問題となるよね?)
ところが不競法の実効を担う部分である差止請求権(不競法3条)等は、主体的要件として「営業上の利益を侵害され又は侵害されるおそれのある者」と規定する。
では、商標「ぶどう」を指定商品「パン」で使用する行為により、営業上の利益を侵害され又は侵害されるおそれのある者とは、誰か。

なんで、これが疑問になるのかというと、4条1項16号って公益保護のための規定、でしょ?営業上の利益を侵害され又は侵害されるおそれのある者、っていう主体的要件と相性が悪い気がするんだよな。だから、商標「ぶどう」を指定商品「パン」で使用する行為により、営業上の利益を侵害され又は侵害されるおそれのある者、なんて居るの?って思っちゃう、っていう、そういうこと。

これが原産地表示とか原料とかならまだ分かる気がするんだが。そんときの根拠というか考え方はパリ10条の「日本産のチーズをオランダ産と偽ってアメリカで販売」した場合の「オランダのチーズ業者」と「アメリカのチーズ業者」ってことで、するっと頭に入る。

でもこれを「ぶどう」「パン」に応用していいものか。ちょっと迷うな。ぶどう屋さんとパン屋さんは、商標「ぶどう」を付した商品「パン」が販売されたことにより、営業上の利益を侵害されたのか?(又は侵害されるおそれがあるのか?)ちょっと違う気がしてしょうがないんだが。

これ結局、商標法4条1項16号でいう品質誤認と不競法2条1項13号でいう品質誤認の、指してる内容が違うってことだよな。そうそう4条1項16号の品質誤認のトコでクドいほど注意されたけど、4条1項16号でいう品質は「特性」であって「優劣」を含まない、もんね。

或いは、商標法が直接的に公益保護のための規定も持つのに対し、不競法はあくまで私益調整のための規定(いや解説本読むと公益っぽいことも書いているがそれはあくまで私益調整の結果でね)、その差が出た、っていうことかね。そういえば商標法は「あわせて需要者の利益を保護することを目的とする(1条)」って書くけど、不競法にはこれに該当する文言はないもんな。

って、ことは、だ。商標法4条1項16号に該当するとして拒絶された商標で、且つ、その品質の指す内容が産地・原材料・品質等でなく、あくまで「特性」である場合、実務上は問題にはならないんではないか、って気がしてしょうがない。つまり誰が訴えんねん?って話。(逆に言うと、試験対策としては、ぶどう屋さんとパン屋さんで納得しておこうと思ってる。間違ってる?)

法学書院の「不正競争防止法」(著者:青山紘一)の該当箇所の事例を見てみても、ぴったり来るような例は載ってないよなー。

どなたか、ご存知の方、或いはこの辺のモヤモヤについてあるあるあるって方、いらっしゃいましたら、ご教授又はご一報願えれば幸いですぅ。

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2011年11月 3日 (木)

【知財トンデモ話】商標法上の登録異議の申立て

弁理士って、法律の専門家なわけだけど、一般庶民の生活に普通に関わってくる、ってことはあんまりないよね?つまり知り合いに弁護士とか司法書士とかがいると、イベント発生(相続とか土地の売買とか)の際に重宝するけど、そういう、身内に専門家がいて良かった、っていう扱いを受けることは。まあ一般庶民が「こんな発明したんだけどどうかな?」的な事態を迎えることは極めて珍しいだろうからなあ。いやそれはそれでイノベーティブな素晴らしい社会という気はするが(笑)。

それは知的財産を扱う専門家ってことで、扱っている領域がちょっと特殊だからだよね。だからウチのヨメさんなんかは、弁理士?使えねー、っていう印象を持っている。生活する上で関係がないと。でもそれは一般庶民の話で、実は企業のサラリーマン、それも管理職となると話は別で、知財の分野は色々な形で関わりが出来てくるものですな。

ここでは、サラリーマンやってて遭遇した、知財に関するちょっとしたネタを書いてみようと思う。(んで、人気があったら【知財トンデモ話】としてシリーズ化しようかな。ネタは結構いろいろあるぞ。)弁理士の勉強してなかったら別に気にもならずにスルーしていたのだろうと思うが、弁理士受験生としての知識に照らして、「?」ってことは結構あるのだ。で、それがワシの知識の未熟によるものか、実務を知らないことによるものかがよく分からない。

ある会社の話。商標登録出願をして、登録査定を受けたわけ。で、営業部隊がさあ使おうとしたら会社の知的財産部からストップが掛かった。登録異議申立期間の2ヶ月が過ぎるまでは使うな、という。はあ?登録査定を受けてるわけだから法的には使用には全く問題ないっしょ?なんでダメなの?
異議申立を受ける可能性がある?受けて立ったらエエやないか。そのための知的財産部でしょ?
それに使用って言っても別に全国紙に広告打つとかじゃなくて、顧客1社を相手にしてのプレゼンで使う配布物20部に載せるだけなんすけど。これが問題になると本気で言うてんのかコラ!

口調が荒れてしまったことをお詫びします(笑)。いやあの、ある会社の話、ですからね。

どうなんでしょうか、これって実務上は結構あることなの?ワシの感覚ではこれは「トンデモ話」に属する類の話なんだが。

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2011年10月15日 (土)

【書評】あたらしい哲学入門―なぜ人間は八本足か? 著者:土屋 賢二

あたらしい哲学入門―なぜ人間は八本足か? 読了◎。帯の煽り文句は「才色兼備な女子大生を熱狂させた伝説の哲学入門講義がここに復活!」。おなじみ土屋教授の、御茶ノ水女子大での講義「哲学」を元にした哲学の入門書。哲学の問題は、いくら考えても解決できない、わけではない。実は明快な解決がある。哲学の問題を実際に解いてみせることで、哲学について丁寧に解説してゆく。

土屋教授の、ユーモアエッセイでない本を読むのは初めてかもしれない。真面目な哲学入門書も書くのか、と軽く驚く。しかも書いてあるネタはいつものユーモアエッセイと全くおんなじで、再び驚く。しかし真面目な哲学入門書である本書の方が、ユーモアエッセイよりも数倍面白い。どういうわけだ。三たび驚く。

いやー面白い面白い。勉強の息抜きに軽い気持ちで読み始めて、やめらんなくなって一気読み。(って最近コレばっかやな。抜きまくりやんけ!)やっぱ「溜まってる」ってことですかねえ。うんでも思うんだけど、一日一冊を目標に一生懸命読書してブログに書いて、ってやってた頃より、純粋に読書を読書として楽しめてる感じがする。お勉強があるんで読みたいけど読めない読みたいけど読めないああー駄目駄目駄目駄目読んじゃった、ってのが読書の快感を高めてくれている気が。これを称して読書M、略してドMと呼・・・ばないな。単に逃避してるんじゃないかって?いやちゃんとお勉強もやってますって。ホントホント。ま、それはそれとして。

オレ昔からナンセンスギャグが好きでなあ。ルイス・キャロルとか、そういう系譜のギャグ、それと、座禅の公案(←いやそれ並べるのはどーよ?)。右手と左手鳴ったのはどっちか、なんてェ奴。もう小学校の頃から、そういう類のものが気になって気になって。そういうのに接すると、理由もなくなんだかワクワクするんだよ。今も。このワクワク感は、とてもとても根が深いなー。たぶん。オレのDNAの一行目(ってどんなDNAだよ!)に刻まれている気がする。昔々オレの母親が「おまえはナンセンスギャグにフェティッシュがあるみたいね」と言ったとか言わなかったとか(すみません。虐殺器官ネタです)。

真面目な話、試験に受かって好きなだけ本が読めるようになったら、取り敢えずウィトゲンシュタインのはしごをよじ登って逆立ち位はしてみたいものだと思う。いや結局は放り投げるんですけれども(すみません。これも一種のネタです)。

それと、この本とは直接関係がないけど、同じナンセンスが、一方ではナンセンスギャグになり、一方では様々な思考のモトとなり、一方では思考を止めるためのモトとなった、その扱われ方が面白いと思うんですよ。モンティ・パイソンとアリストテレスと白隠禅師。そーかそーか、一緒かあ。これで一冊書けないかな。

やりたいことリスト、読みたい本リストが増えてくのはなかなか楽しいね。(逃避の典型的な例です。自覚。はい。気をつけましょう。( ̄へ ̄|||) ウーム)

で、これのどこが書評やねんて?(すみません。マジで面白いんです。一読をお薦めします。)

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2011年10月12日 (水)

【書評】虐殺器官 著者:伊藤計劃

虐殺器官読了◎。舞台は911後の近未来。サラエボは核爆発により消滅し、インドとパキスタンの国境には、核のクレーターが点在する。先進諸国はテロ封鎖のため徹底した管理社会を構築しており、一方、第三世界では紛争が絶えない。その世界にあって、米情報軍特殊検索群i分遺隊は暗殺のエキスパート集団で、第三世界の非人道的な殺戮の原因である独裁者、原理主義者等を速やかに排除することを任務とする。所属のシェパード大尉は、近年第三世界で急増する虐殺の陰に、ジョン・ポールという名のアメリカ人の存在があることに気づく。ジョン・ポールとは何者なのか。その目的は。

なんだかうまく要約出来ない。こんな要約なんかじゃとてもその魅力を伝えることは出来はしない。悔しい。

少し前にTwitterで話題になっていたので、軽い気持ちで入手して、軽い気持ちで読み始めて、ところがそのあまりの面白さに本を措く能わず、(読むのが)勿体無い、と思いながらも一気読み、読み終えて暫し呆然。負けました。脱帽です。

この描写の細かさ、確かさ。圧倒的なリアリティだ。そして何気ないガジェットの描写もキッチリ伏線になってるし。ストーリーには幾重にも仕掛けが施されているし。それからなにより物語自身の持つ存在感。正しく思考実験をするならば、このようにならざるを得ない、というような。

この面白さ、なんと表現したらいいのだろう。でまた興味を抱いている領域がとても近いんですわ。ワシ自身と。進化心理学、言語学、アメリカの社会構造、等々。面白すぎて居ても立ってもいられない、みたいな感覚。これ久しぶりです。

それから、きっかけがね、アメリカで受賞、って話題だったことから、読後、思ったのはね、アメリカ人、これ読めるのかなってことだな。或いはアメリカ人は、これ読んでどんな感想を持つのかな、っていう。アメリカ人には、これは書けないな、っていう。二重三重に皮肉な結末だよね。これはね。

ぜひぜひ一読をお薦めします。

・・・今調べたらTwitterで話題になっていたのは、同じ作者の「ハーモニー」の方ですね。P.K.ディック記念賞の審査員特別賞受賞、ってことで。これも 手に入れて読まなければ。そして、作者はもう亡くなっているんですね。そのことにもショックを受けた。なんてことだ。この人の書いたものをもっともっと読みたいのに。

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2011年9月 4日 (日)

【書評】エンジン/ENGINE 著者:矢作俊彦

エンジン/ENGINE読了◎。明け方の銀座四丁目。張り込み中の游二の目の前で、ランチアから降り立った金髪の美女は、ティファニーに銃弾を撃ち込み、悠然とイヤリングをつまみとる・・・。

っていう派手なオープニングからして、一種独特の「現実離れ感」が漂うわけです。んでもって、主人公の游二のキャラも行動パターンも、「これのどこが刑事やねん!一匹狼の探偵(オプ)のまんまじゃねーか?!」っていうツッコミ入りまくり。連続外車窃盗団を張り込み中の築地署の刑事游二、そういう意味でのリアリティは全くない。にもかかわらず、というべきか、この感じ、主人公が何かに突き動かされるように事件にのめり込んでいく感じが、凄くいい。凄く「リアル」だ。取り憑かれたように破滅的に突っ走る感じが。

話自体は全くリアルではないけれど、登場人物たちも全然リアルではないけれど、甘くなく、作りものでなく、ちゃんと話として成立しているんですわ。それはなんでか、って考えるとね、そこにある「情念」はとてもリアルだ、っていう、そういうことではないかと。

一種虚無的な情念を抱えて、枠からはみ出してしまう、はみ出してしまいたい、感じ。これがなんだかガツンと来たっていうか。これはワシの個人的な好みの問題?いや今の日本のある側面、通奏低音なんではないかしらん?っていうのは考え過ぎか。まあそれはどうでもいいや、面白く且つ完成度高いです。一読をお薦めします。

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2011年8月 9日 (火)

【商品レビュー】MacBookAir買っちゃった!!

ってゆーか、ただの自慢なんですけど。すんません。いやー、買ってしまいました、MacBookAir、11インチ、64G、最も廉価なヤツですが。う、う、う、嬉しい。

実を言うと買ったのは日曜日だったんですけどね、初期不良で交換、実質使えるようになったのが今日だったという・・・。オレ、いっつもアップル製品では何かしらハズレを引いて、ひどい目に遭う。それでも熱心なアップルユーザー。ヨメさんはアップル信者と呼ぶ。今回は電源入れて30分しないうちにトラックパッドとキーボードが反応しなくなったという、珍しい症状でした。初期不良ということで交換してもらい、さあこれで厄は落ちたのか?軽快に動いております、MacBookAir。

ウェブを見るにはiPadが便利なんだが、キーボードを使うとなるとやっぱちょっとイラっとしますね。BlueToothキーボードも持ってますけど、繋いだりするその操作が面倒。今まではLet's Noteを使ってましたけど、ちょっと液晶の不具合とかがあって。どーせなら、あこがれのあのマシン、値段も随分やすくなったし!ってわけでヨメさんを説得、晴れてMacBookAirオーナーだぜっ!正確に言うと誕生日のプレゼントに買うてもろたんですけどね。

いやー、早いわ軽いわ美しいわ。やっぱ女房とMacは最新版に限る!あ。いや。そんな罰当たりな。

んーと、具体的なレビューは敢えて、なしね。ただの自慢なんで。お勉強忙しいし。しかしこれが8万円台かよー。すげえ時代になったなあ。

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2011年7月17日 (日)

【書評】歌うクジラ 著者:村上 龍

歌うクジラ読了◯。舞台は近未来の日本。21世紀初頭、グレゴリオ聖歌を正確な音程で歌うクジラが発見された。そのクジラの細胞から採取された遺伝子(SW遺伝子)は、細胞の生命時計であるテロメアを修復し、人類に不死をもたらす。そして一世紀が経ち。最下層出身の青年タナカアキラは、流刑地「新出島」を抜け出し、「老人施設」を目指す。彼の身体にはSW遺伝子の秘密を記したICチップが埋め込まれている。社会を転覆させるほどの。最高権力者ヨシマツに会い、ICチップを渡せ。彼の父親はそう言い遺した・・・。

面白いか、ってゆーとまあ面白い。ヨメさんに貸したらあっという間に読んでしまってたんで、客観的に見て、読みにくいってこともないんだと思う。でもオレなんだかノれなかったんだよなあ。残念ながら。

一つにはお勉強に時間を掛けてるんで、いまいち集中して読書に没頭出来ない、ってのはある。普通の状態で読んだら◎だった可能性はじゅうぶんにあるよ。それは認めた上で、一応書いて置くな?

読後思ったんだよ、村上龍は年をとったんだなー。いやだれでも年はとるけど、このヒトの場合、体制側に取り込まれた感が漂っちゃう、そういう年の取り方。練れたというか、慣れたというか、熟(こなれ)たというか。お話としてのダイナミズムを捨てて、社会的なメッセージを取った、という弁護は可能かもしれないが・・・。いややっぱり納得がいかないな。

主人公に主体性がない。主人公の造型の問題ではなく物語の構造として、主人公に主体性がない。ネタバレになるので詳しくは書かないが、結局、タナカアキラくんの地獄巡りツアー、なわけですよ。もちろんただそれだけではなく、そう思わせておいて、ちゃんとそれをひっくり返す仕掛けもしてありますけど、しかしそのひっくり返しも含めて、お約束に見えてしまう。そのひっくり返しも含めて、主人公に主体性がない、ように見える。

日本のある側面をグロテスクにデフォルメして外挿された近未来。鍵は閉塞感であり、既得権であり、差別である。テクノロジ面でのガジェットはど~でもいい(いやお話的にはどうでもよくはないんだが)。そのある側面は正しくキッチリと反映されていると思う。そしてこれを描くのはそんなに簡単なことではない。その意味で、年を取って衰えた、ということでは全然ない。眼力も筆力も。読者としてのオレの不満は、この小説では今の閉塞感を打破出来ない、という点にある。そして打破出来ない閉塞感に捕らわれている今の状況を(打破しようとしても打破出来ない状況を)描いたのだ、と言われたら、そこで諦めるのは(もしかして諦めた自覚さえなく?)、「らしく」ないよね?ってことなんだよ。そのらしくなさが年を取っちゃったんだなあ感の中身だと。眼力筆力でなくスタンスの問題。

世界観に破綻はない。小説としてダメな訳ではない。でも好きになれない。そういう小説。それをあの、村上龍が書いたことが許せない、ってゆーか。いつからあなたはこういう目線で小説が書けるようになったんだ、ってゆーか。このヒトの本は殆ど全て読んでるが故に、余計にそう思うんだろな。

いかんタダの愚痴だ。書評ってヤツも書き続けてないとなんだかカンが鈍るんだなー。一旦出直します。

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2011年6月13日 (月)

短答試験の結果は・・・

こういうタイトルの記事を今頃書いている、ってことは、はい、そうです、短答落ちてしまいました(泣;)。まあなあ。一年で受かるほど甘くないよねえ。実はもっと早くに、自己採点で、多分ダメってのは分かってたんだが。気分はもう来年の合格目指してすぐスタートだ、ってことで、なんだかPCに触る時間がなくてなあ。ブログ、放ったらかしになってしまってました。ごめん。

やっぱ甘かったな。何だかんだいっても去年は、結構本を読んだり書評を書いたりしてたもんね。ここんとこマヂで勉強してるんで、よく分かる。本を読んだり書評を書いたりするってことは、丁度その分、勉強してないってこと。時間という限られた資源の奪い合いだもんね。でも、意外と集中切れてません。やる気まんまんだぜ。

なので、今年は、さらに更新頻度、落ちます。たぶん。ブログ書くのも、時間は取られるからねえ。この一年は大目に見てください、ってオレ、誰に言ってんだろな(笑)。

でも、一ヶ月放ったらかしにしても、一日あたりの訪問者数ってそれほど減らないんだね。ちょっと意外だった。もっと急降下でさびれて行くものかと思ってたよ。

そんなわけで、出来るだけ手を抜きつつ、世の中から忘れ去られない程度に、ブログの更新。余った時間は全てお勉強に充てる、予定。書評は2週間に一冊か1ヶ月に一冊程度になるかと。あ、それでも多い?

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2011年5月 5日 (木)

【書評】小暮写眞館 著者:宮部みゆき

小暮写眞館読了◎。宮部みゆきの現代もの。東京近郊のちょっと寂れた商店街にある小暮写眞館に越してきた一家を中心とする、連作中篇4篇を収める。

花菱秀夫・京子夫妻はちょっと変わっている。築三十三年の古びた写眞館が気に入り、改装してそこに住むことにしたのだ。高校生の長男英一と、8歳年下の弟、光も一緒だ。英一は花ちゃん、光はピカちゃんと呼ばれている。ちょっとした勘違いから、不思議な写真を手にした英一は、友人のテンコと共に、心霊写真探偵もどきをやることに。聞き込みで判明したもう一つの事実。小暮写眞館には前の持ち主、小暮さんの幽霊が出るのだという・・・。

このオカルトとミステリがいい感じでの入り混じった味は、宮部みゆきだよなあ。宮部みゆきのオカルトは、京極の妖怪とちょっと似てて、この人特有の味を出す小道具なんだよね?オカルトという現象そのものは、実はどうでもいいんだよ。

この人が書きたいコトってのは、家族とか、愛とか、そういう、ちょっと気恥ずかしくなるくらい真正面なトコにある。或いは、重たいトコに。そういう意味で、実は直球の社会派なんだよね。前から思ってたけど、この作品読んで一層その感を強くした。

その真正面さ、メッセージ性、社会性、現代性を、青臭くなく説教臭くなく嘘臭くなく、エンターテイメントとして書けるのがこの人の特技。それでいてそのメッセージはちゃんと心に残る。ええ本です。一読をお薦めします。

にわか心霊写真探偵の花ちゃんが遭遇する、様々な事件。花ちゃん、テンコ、コゲパンら高校生の登場人物のキャラがいい。この、根がまっすぐな感じが好きだぜ。

ただ、文体に関しては、今回、ちょっと荒れた?今までにない省略ぶりかと。これもケータイ小説とかの影響なのかしらん?いや別にケチをつけるつもりはないが、なんだか残念ですぅ。

・・・ってわけで、久々の書評です。なんでかってーと、そう、5/22の短答試験に向け、追い込みな訳ですわ。4月はとうとう更新一回のみ。ブログ的にはダメダメなんだけどさ、まあとにかく受かんなきゃ、ってコトで、ブログ更新の時間がないくらい勉強してます(ホントか?)。引き続きしばらくは休みがちになる予定。ああ早く受かって一日一冊に戻したい。ではでは。

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2011年4月 9日 (土)

【書評】夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです 著者:村上春樹

夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです読了○。副題は「村上春樹インタビュー集1997-2009」。村上春樹の初のインタビュー集。時期的には「アンダーグラウンド」刊行直後から「1Q84」のBOOK1,2を書き終えたあたりにあたる。

結構長めのインタビュー(”るつぼのような小説を書きたい(『1Q84』前夜)”約80頁)から、あっけないほど短いインタビュー(”世界でいちばん気に入った三つの都市”約10頁)まで、長短様々なインタビュー18本を掲載。1年に1本半弱のペースってことですね。

このヒトの書いたものを読むと、その落ち着いた”語り”に、いつもとても安心させられるのを感じるんですわ。着実に、はっきりと順序立てて、必要なことを、語る。まずそのトーンにやられてしまう。安心して読める。後はただ物語を追っていけばいいわけで。

このインタビューのトーンも、基本的には一緒。落ち着いていて、奇を衒わず、淡々として、ちょっとユーモラス。楽しく、興味深く読んだ。

人生と仕事との関わり、という意味では、このヒトの生き方はひとつの理想のように思えるんだなー。自分が好きで得手なことを、自分でコツコツと磨いて、それが社会的に受け入れられ、ゴハンが食べられる、という。これが自己実現ってヤツのわかりやすい形だよね。

それから、この本を読むと、”物語”を書いてみたくなりますね。これ、オレだけかと思ったら、ウチのヨメさんも同じコトを言ってたんで、結構一般的な感想なんではないかと思うな。・・・それですぐ書けてしまうほど、甘いものでもないけどね。でもまあ、その”作業”というか”過程”が苦しくも楽しいものであるという”感じ”はなんとなくわかる気がする。ので、ちょっといろいろ、書いてみたりしてます。もちろん発表なんてしませんけどね。

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2011年3月27日 (日)

【アプリレビュー】電子法令検索for iPhoneで「原子力損害の賠償に関する法律」を引いてみた

iPadで重宝している電子法令検索(レビューはこちら)の、iPhone版が出てた。画面の大きさの制約があるんで、iPad版の方が使い勝手がいいのは間違いないんだけど、肌身離さず持ち歩くってコトではiPhone版のほうが役に立つ。かなり巨大なアプリですが、なんせ現在施行中(平成23年3月1日現在)の法令を全て検索出来ちゃう。オフラインで。法律一式、全部持ち歩けるわけです。いつもポケットに法律を。ダウンロードはこちら

ってわけで、さて、早速、引いてみました、「原子力損害の賠償に関する法律」。いや工業所有権四法は四法対照のiPhone版持ってるし、今更だと思ってね。制定は昭和36年6月。オレと同世代(ひとつちがい)だね、この法律。改めてオレら原子力世代なんだなあ、と思ったよ。

原子力損害の賠償に関する法律、全部で26条からなる、コンパクトな法律です。特許法とかと比べるとあっけないくらい簡素なつくりですなあ。

ざっと目を通す。当面、話題になりそうなのは、第三条と十六条、十七条あたりかな。

第三条 原子炉の運転等の際、当該原子炉の運転等により原子力損害を与えたときは、当該原子炉の運転等に係る原子力事業者がその損害を賠償する責めに任ずる。ただし、その損害が異常に巨大な天災地変又は社会的動乱によつて生じたものであるときは、この限りでない。

第十六条 政府は、原子力損害が生じた場合において、原子力事業者(外国原子力船に係る原子力事業者を除く。)が第三条の規定により損害を賠償する責めに任ずべき額が賠償措置額をこえ、かつ、この法律の目的を達成するため必要があると認めるときは、原子力事業者に対し、原子力事業者が損害を賠償するために必要な援助を行なうものとする。 2 前項の援助は、国会の議決により政府に属させられた権限の範囲内において行なうものとする。

第十七条 政府は、第三条第一項ただし書の場合又は第七条の二第二項の原子力損害で同項に規定する額をこえると認められるものが生じた場合においては、被災者の救助及び被害の拡大の防止のため必要な措置を講ずるようにするものとする。

うーん。第三条の但し書きを適用するかどうかが分かれ目か。但し書き適用→十七条。適用ナシ→十六条ってことですかね。どうなんだろう、今回の事故。文理上は但し書きに相当するんだろうけど。感情が納得しないよねえ。衝くとしたらどこでしょうね。「異常に巨大な天災地変」か?「当該原子炉の運転等により」か?或いは超法規的措置か。

あ、そうか。逆転の発想で、十七条の「被災者の救助及び被害の拡大の防止のため必要な措置を講ずるようにするものとする」を使うというのはどうでしょうか。「必要な措置」ってトコがミソ。

因みにオレ、東電の株は200株ほど所有していたんですが、事故後叩き売り。略買値の半額で売却、大損ですわ。教訓。やっぱいい加減な気持ちで買っちゃ駄目だよね、株はね。

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